家庭医学館 「慢性胃炎」の解説
まんせいいえん【慢性胃炎 Chronic Gastritis】
[どんな病気か]
[原因]
◎半数近くの人は無症状
[症状]
[検査と診断]
◎日常生活を見直す努力を
[治療]
[どんな病気か]
炎症とは、原因のいかんを問わず、局部の発赤(ほっせき)(赤くなる)、腫脹(しゅちょう)(むくむ)、熱感(ねつかん)(熱をもつ)、疼痛(とうつう)(痛みを感じる)をともなう病的反応を示すことばです。また、胃炎(いえん)とは、原因のいかんを問わず胃粘膜に発赤、腫脹、熱感、疼痛の炎症が生じることを意味しています。
したがって、慢性胃炎は胃粘膜の炎症が長期にわたって持続する、あるいはくり返し生じている状態です。その結果、持続する、あるいはくり返す胃痛、胃部不快感の症状となって現われることになります。
少し専門的になりますが、慢性胃炎を医学的に定義すると、臨床的には長期にわたり持続あるいは反復する胃の病的症状の出現とされます。その本態は、持続あるいは反復する胃粘膜の炎症と、それにともなう胃粘膜の損傷、それに引き続く胃粘膜の修復(しゅうふく)・改築の過程と定義されています。
要するに慢性胃炎とは、胃の粘膜が傷つき、その状態が長びく状態、あるいはくり返しくり返し傷ついている状態と理解すればよいと思います。
[原因]
慢性胃炎という病名は、患者さんの症状、胃X線検査や胃内視鏡検査(いないしきょうけんさ)の結果から、胃の病気のなかでもっとも頻度(ひんど)が高く使われる診断名です。しかし不思議なことに、実はその本当の原因はよくわかっていません。
慢性胃炎は、胃粘膜が傷つき、それが日常的にくり返される状態です。そのことから原因への食事の関与(食事性因子の関与)が着目されてきました。
アルコール、コーヒーなどの嗜好品(しこうひん)、唐辛子(とうがらし)、ニンニクなどの香辛料(こうしんりょう)は、胃粘膜を傷害することが明らかにされ、塩分もその一因子と考えられています。
具体的にどのような食生活が慢性胃炎に関係しているのかはまだ不明ですが、暴飲暴食、偏(かたよ)った食生活に問題があるのは確かなようです。
精神的・身体的なストレス、解熱薬(げねつやく)などの薬剤も胃粘膜を傷害する原因となりますが慢性胃炎の原因ともなり得るのかについては結論が出ていません。
最近、新しく発見された細菌(さいきん)の一種であるヘリコバクター・ピロリ(コラム「ヘリコバクター・ピロリ」)の胃内感染(いないかんせん)が、持続する胃粘膜の炎症をひきおこす原因として、慢性胃炎でも注目されていますが、まだはっきりとしたことはわかっていません。
また、他の原因として、免疫学的機序(めんえきがくてききじょ)(しくみ)のうちの自己免疫説(じこめんえきせつ)が考えられています。
免疫(「免疫のしくみとはたらき」)とは、細菌などの病原体(びょうげんたい)が体内に侵入(しんにゅう)してきた際、リンパ球(きゅう)が中心となって、病原体を敵と認知し排除(はいじょ)するという、人体にとってたいせつな防御機構の1つです。これが、なんらかの原因により、自己の組織をも病原体と同様、敵とみなす反応が生じ、リンパ球などが自己の組織を攻撃してしまうことがあります。これを自己免疫現象(じこめんえきげんしょう)と呼び、その結果おこる病気を自己免疫疾患(じこめんえきしっかん)といいます。
慢性胃炎では、胃粘膜を敵とみなしリンパ球などが攻撃することで胃炎がおこるとされますが、その詳細は不明です。また肝硬変(かんこうへん)、腎不全(じんふぜん)などの重篤(じゅうとく)な病気に慢性胃炎がともないやすく、栄養・代謝障害(たいしゃしょうがい)、血液循環障害も慢性胃炎の原因と考えられています。
このように、慢性胃炎の原因として多くの因子が推定されていますが、真の原因については結論は出ていず、現在も研究が続けられています。
[症状]
慢性胃炎の症状はさまざまで、くり返す、あるいは持続する上腹部不快感(コラム「上腹部不定愁訴(NUD)」)・重圧感、心窩部痛(しんかぶつう)(みぞおち付近の痛み)、悪心(おしん)・嘔吐(おうと)、腹部膨満感(ふくぶぼうまんかん)、胃もたれ感、食欲不振、ときには吐血(とけつ)、下血(げけつ)が現われます。
なかでも多い症状は、上腹部不快感、心窩部痛、腹部膨満感で、多くの場合、これらの症状が重複して現われます。
慢性胃炎は症状と内視鏡検査によって診断されるのが一般的ですが、不思議なことに内視鏡検査によって慢性胃炎と診断されたにもかかわらず、なんら症状のない人が40~50%にも上ることが知られています。
症状がないのに、胃X線検査あるいは内視鏡検査で慢性胃炎と診断された場合は、理解に苦しむこともあるでしょうが、治療をせずに経過を観察するだけでよいと考えられます。
慢性胃炎の症状はいろいろで、性状によって胃の病的状態が推察されます。上腹部不快感・重圧感は胃の炎症の一般的症状で、炎症が増強すると心窩部痛、さらに炎症が悪化して胃粘膜が強く傷つくと吐血、下血が現われます。
慢性胃炎には胃の運動機能の異常もともないます。その代表的症状は、胃より小腸(しょうちょう)への食物の輸送機能(胃排出能(いはいしゅつのう))が遅延(ちえん)するための腹部膨満感、胃もたれ感であり、胃機能の異常亢進(いじょうこうしん)による吐き気・嘔吐と考えられます。
慢性胃炎では吐血、下血は比較的まれな症状で、吐血、下血がある場合は胃潰瘍(いかいよう)など他の病気が強く疑われます。
●受診する科
一般に胃の症状、あるいは腹部症状の訴えがある場合は内科でよいのですが、胃X線検査、胃内視鏡検査を望むときは、消化器科または胃腸科(いちょうか)への受診が勧められます。
[検査と診断]
症状によって慢性胃炎と診断されることもありますが、症状からだけでは、胃潰瘍や胃がんと区別することはむずかしく、正確な診断には、バリウムを飲んでの胃(上部消化管)X線検査や胃(上部消化管)内視鏡検査が必要です。
最近は、内視鏡の進歩にともない最初に胃内視鏡検査が行なわれることが多い傾向にあります。胃内視鏡検査では、直接胃粘膜の色調、形状が観察され、がんなどが疑われた際にも胃粘膜組織を採取(生検(せいけん))し、病理組織学的な診断が可能となります。
慢性胃炎は、内視鏡でみた胃粘膜の色調、形状により、つぎのように分類されています。
表層性胃炎(ひょうそうせいいえん) 内視鏡では胃粘膜に線状の発赤、斑状(はんじょう)の発赤が観察される状態の胃炎です。ときにびらんと呼ばれる小さな浅い傷があったり、わずかな出血をともなっていることがあります。
萎縮性胃炎(いしゅくせいいえん) 正常な胃粘膜は、内視鏡では血管像がみえないのですが、炎症が長期に続くと粘膜が薄くなり、厚い粘膜におおわれているはずの血管が表面に出てみえるようになります。この状態を胃粘膜の萎縮といい、このような胃炎を萎縮性胃炎といいます。
びらん性胃炎 胃粘膜がわずかに傷ついてはがれた状態がびらんで、びらんは内視鏡では小さい白斑(はくはん)として観察され、出血をともなうことがあります。
慢性胃炎は、おもに以上の3つのタイプに分類され、これを参考にして治療が考慮されることもあります。
[治療]
慢性胃炎はもっとも多い胃の病気ですが、治療には一定の基準はなく、さまざまな対処がなされます。
●症状のない慢性胃炎の治療
症状がないのに慢性胃炎と診断された場合は、治療することなく経過をみるだけでよいのですが、まれに症状がともなうようであれば、後述する食事療法が助けになるでしょう。
●症状を有する慢性胃炎の治療
①食事療法
胃はすべての飲食物を最初に受け入れるところで、胃に炎症があると飲食物の内容によりそれが悪化することがあります。
その代表はアルコール、コーヒーなどの嗜好品(しこうひん)、唐辛子(とうがらし)などの香辛料(こうしんりょう)で、刺激の強い食品、温度差の大きい食品も含まれます。慢性胃炎で症状をともなう際はこれらの食品を避けましょう。
一般的に獣肉より魚肉、野菜は繊維(せんい)の多くないもの、煮物など刺激の少ない食事が勧められますが、あまり神経質になると食事が偏(かたよ)る傾向にもなり、基本的にはバランスのよい規則正しい食生活を心がけるようにしましょう。
②薬物療法
慢性胃炎を完全に治して、もとの正常の胃にもどす治療法は現在のところありませんが、症状の強い場合は薬物療法で症状の改善をはかります。胃の炎症を増強する内因性要因(ないいんせいよういん)としては、胃酸および胃酸から胃壁(いへき)を保護している胃粘膜上の粘液層の減弱にあると考えられています。そのため症状の強いときには胃酸分泌(いさんぶんぴつ)を抑えるH2受容体拮抗薬(じゅようたいきっこうやく)(H2ブロッカー)、胃粘液層の強化をはかる胃粘膜防御因子増強薬(いねんまくぼうぎょいんしぞうきょうやく)、胃粘膜保護剤(いねんまくほござい)が有効です。
また慢性胃炎が悪化する際には、精神的・身体的ストレスが引き金になることがあり、その場合はストレスの除去とともに精神安定剤も使われます。
腹部膨満感、もたれ感などは、慢性胃炎による胃運動の障害が原因となっておこる症状で、胃のはたらきを改善する運動機能調整薬も効果があります。症状の性状、強弱によってこれらの薬をいろいろに組み合わせて、実際の治療は行なわれます。
●日常生活の改善
不規則な生活など心身のストレスとなる原因の除去は慢性胃炎のたいせつな治療法の1つです。もちろん暴飲暴食は慎むべきです。日常生活を見直し、心身のリラックスをはかることは治療効果の向上につながります。