日本大百科全書(ニッポニカ) 「カモメ」の意味・わかりやすい解説
カモメ
かもめ / 鴎
gull
広義には鳥綱チドリ目カモメ科カモメ亜科に属する鳥の総称で、狭義にはそのうちの1種をさす。カモメ科Laridaeは、体がいくらか大きく、嘴(くちばし)が太く、足が長くて、翼が広めで長いカモメ亜科Larinaeと、嘴も体も翼も細く、軽いアジサシ亜科Sterninaeとに二分される。カモメ亜科の仲間は世界各地に広く分布し、おもに沿岸域に生息する全長25~75センチメートルほどの中形の鳥であり、海岸線で打ち上げられた動物の死体を食べ、海上に出て魚類をとらえる。また内陸で小哺乳(ほにゅう)類や昆虫類なども捕食する。他種だけでなく、同種の卵や雛(ひな)を略奪して食べるなど、きわめて多種多様なものを餌(えさ)とする。海鳥のなかでは特殊化せず、もっとも一般性を保持しているグループであるといえる。飛翔(ひしょう)力もあり、地上を歩くことも巧みであるが、潜水することはできない。周年群れて生活し、沿岸の島や海岸砂丘、丘陵で集団営巣するが、崖(がけ)の棚や、内陸湿地の草の上、樹上に営巣することもある。2~3卵を産み、雌雄とも抱卵し、雛の養育に参加する。餌は、地上に吐き出してから与える。非繁殖期にも海岸に群れ、採餌(さいじ)のときも、ねぐらをとるときも群れる。
[長谷川博]
種類
カモメ亜科は、形態と行動特徴によって、大きく三つのグループに分けられる。
第一のグループは、全長約70センチメートルほどの大形で頭が白いカモメ類で、沿岸性で地上に営巣するセグロカモメLarus argentatusに代表される仲間である。この種は北極圏からヨーロッパ、シベリア、北アメリカに広く繁殖する。ごく近縁のニシセグロカモメL. fuscusもヨーロッパ西部で繁殖するが、2種はそこで交雑することなく共存する。しかし、いくらかずつ異なった亜種を通してつながっている。北大西洋のオオカモメL. marinus、ベーリング海のワシカモメL. glaucescens、北極海沿岸のシロカモメL. hyperboreus、オホーツク海のオオセグロカモメL. schistisagusなどは互いに近縁で、鎖でつなげられているように、北極を取り巻くかたちで繁殖分布する。これらより小さいカモメ類に、ユーラシア中北部、北アメリカ北西部で繁殖し、冬季は温暖な地方の沿岸に渡る種としてのカモメL. canus、日本海沿岸特産のウミネコL. crassirostris、北アメリカ中北部のクロワカモメL. delawarensis、地中海のオウドインカモメL. audouiniiなどがある。南半球オーストラリア南部沿岸で繁殖するクロスジハネグロカモメL. pacificus、南アメリカ南端の沿岸や島で繁殖するマゼランカモメL. scoresbiiもこのグループに含められる。ただし、行動様式はいくつかの点で北半球のカモメ類と異なる。
第二のグループは、全長約30センチメートルと体がいくらか小形で、嘴が細めで、繁殖期には頭部が黒くなり、ちょうど黒色の頭巾(ずきん)をかぶったようなかっこうになる。これらはおもに内陸地で繁殖し、非繁殖期に沿岸地方に移動する。代表的な種はユリカモメL. ridibundusで、ヨーロッパ、アジアの中緯度地方に広く繁殖し、冬季には温帯以南の暖かい地方の沿岸に移動する。ズグロカモメL. saudersiは中国北部からモンゴルで繁殖し、冬季に南シナ海沿岸に渡る。北アメリカのワライカモメL. atricilla、アメリカズグロカモメL. pipixcanもこのグループに入る。そのほかに、地中海から西アジアに分布するニシズグロカモメL. melanocephalus、中央アジアで繁殖するチャガシラカモメL. brunnicephalus、南アメリカ南部沿岸のミナミユリカモメL. maculipennisなどもこの仲間に入る。北アメリカのボナパルトカモメL. philadelphiaは地面ではなく針葉樹に営巣することがある。アフリカ東部の湖沼地域に分布するズアオカモメL. cirrocephalus、オーストラリア沿岸のギンカモメL. novaehollandiae、ニュージーランドのハシグロカモメL. bulleri、アンデス山中の湖沼で繁殖しペルーおよびチリ沿岸で越冬するアンデスカモメL. serranusもこのグループに入る。カモメ類のなかでもっとも外洋性であり、断崖(だんがい)の棚に営巣するミツユビカモメL. tridactylusは、地上営巣性の種と異なったさまざまな行動特性を発達させている。岩棚は捕食者から安全であるため、親鳥は警戒のときに発する声をもたず、雛は猛禽(もうきん)類に対して逃避反応を示さない。しかし、よい岩棚は限られているため、巣場所をめぐっての争いは激しく、そうした場所を得た雄だけが繁殖できる。すなわち、他種ではつがい形成ののち巣場所を選定するが、この種ではつがい形成も雄がすでに得た巣場所だけで行われる。岩棚は狭く、少しでも歩けば、飛べない雛にとって命取りとなる。このため、この種の雛は他種の雛と違い、高さを目で知覚することができ、巣にうずくまって離れない。産卵数は2個で、地上営巣種(3~4個)より少ない。また、和名の示すように後ろの足指が退化して、3本だけとなった。これも崖に営巣することと関連している。近縁種にベーリング海で繁殖するアカアシミツユビカモメL. brevirostrisがある。もう一つの外洋性カモメは、ガラパゴス諸島だけに分布するアカメカモメL. furcatusである。この種の尾は深く切れ込んだ燕尾(えんび)となっていて、目は大きく、赤く縁どられる。崖や岩の上に営巣し、ミツユビカモメと共通する行動特性を多くもっている。北シベリアの北海道対岸沿いで繁殖するヒメクビワカモメL. roseus、北極圏の沿岸で繁殖するクビワカモメL. sabiniなども、この仲間に含められると考えられている。
第三のグループは、カモメ類のなかで特異な種であるゾウゲカモメL. eburneusである。この種は全長約44センチメートル、全身白色で、極北の氷雪地帯で繁殖し、ほとんどそこから移動しない。繁殖や行動について詳しいことはわかっていない。
[長谷川博]
人間生活との関係
カモメ類は、近年、人間が改変した環境に分布を拡大し、数も増え、他の鳥類に害を加えたり、人間との摩擦を招くようになった所もある。これは、雑食性のカモメが人間が捨てたものを利用するようになったためで、カモメ類の適応能力の広さを示す。漁港ばかりでなく、ヨーロッパでは都市にも侵入し、空港で飛行機と衝突したり、浄水場や下水処理施設、貯水池に飛来して汚す、などの問題がおこっている。また、海岸沿いの都市では、建物に営巣するようになった所もある。カモメ類は群れで生活するため、こうした問題が生じやすい。その反面、人間生活の身近で多数集まって繁殖し、人間になれていたため、動物行動研究の対象となり、数多くの優れた研究成果をもたらした、ということもできる。行動生物学を創始した一人であるイギリスの動物学者ティンバーゲンとその共同研究者は、セグロカモメ、ユリカモメ、ミツユビカモメなどカモメ類の比較行動研究を行った。その成果は人間行動を理解するうえでも重要な意味があり、一連の研究業績に対して、彼は1973年ノーベル医学生理学賞を与えられた。彼の著作のなかでも『セグロカモメの世界』(1958)は、動物の社会生活と行動研究の古典的名著となっている。
[長谷川博]
『ティンバーゲン著、安部直哉他訳『セグロカモメの世界』(1975・思索社)』
かもめ
Чайка/Chayka
ロシアの作家チェーホフの四幕戯曲。1896年発表。同年アレクサンドル劇場で初演されたが、演出家が戯曲の本質を理解せず、無残な失敗に終わった。1898年にモスクワ芸術座で上演、大成功した。ソーリン家の息子で演劇を志すトレープレフは、自分の生活している別荘へ、有名な女優である母アルカージナと、その愛人の流行作家トリゴーリンを迎え、自らの恋人ニーナを主役に前衛劇を見せるが、母親たちに冷笑され、失望する。トリゴーリンはトレープレフの射殺したかもめを見て、かもめのように身を滅ぼす娘の物語を思い付き、ニーナを誘惑する。数年後、すでに作家になったトレープレフを不意にニーナが訪ねてくる。彼女はトリゴーリンに棄(す)てられ、俳優としても失敗したが、再出発を決意して戻ってきたのだ。彼女の新しい姿を見てトレープレフは、自己の才能に対する絶望と、自己の道を知らぬ悲しみから自殺する。
[原 卓也]
『中村白葉訳『かもめ』(角川文庫)』