日本大百科全書(ニッポニカ) 「ミノス伝説」の意味・わかりやすい解説
ミノス伝説
みのすでんせつ
ギリシア神話のクレタ王ミノスの名のもとに形成された物語群。ミノスMinosはゼウスとエウロペの子で、クレタ王アステリオスの養子とされ、のちにその王位を継いだ。王位継承の資格を裏づけるため、ポセイドンに犠牲の牛を海から出現させてくれるよう彼が祈ると、白い牡牛(おうし)が送られてきた。しかし牛があまりにも美しいので、ミノスは殺すことを惜しみ隠してしまう。怒ったポセイドンは彼の妃(きさき)パシファエを牡牛への邪恋に狂わせ、そうして生まれたのが怪物ミノタウロスで、王はこれを工匠ダイダロスにつくらせた迷宮ラビリントスに閉じ込めてしまう。一方、ミノスの息子アンドロゲオスがアテナイ(アテネ)で横死を遂げるということがあり、その復讐(ふくしゅう)のため王は大海軍をアテナイに派兵するが、途中メガラも攻めてこれを陥れる。そしてアテナイを服属させると、9年に一度、7人ずつの少年少女をミノタウロスへの生贄(いけにえ)として差し出すよう強要する。ある年、アテナイの王子テセウスが人身御供(ひとみごくう)のなかに混じり込み、ミノス王の娘アリアドネの手引きによって糸玉を繰りつつ迷宮に入り、ミノタウロスを退治する。そしてふたたび糸をたどって無事に迷宮を脱出すると、王女をさらって逃走した。ミノスは、糸玉の計を教えたダイダロスとその子イカロスを迷宮に幽閉するが、2人は人工の翼をつけて飛び去り、イカロスは海(ここから、イカリア海と名づけられる)に落ちるがダイダロスはシチリア島に逃げ延びる。ミノスはダイダロスを探し出すため、彼にしか解きえない難問(巻き貝に糸を通せ)を各地に送って居所をつきとめるが、彼をかくまうコカロス王の宮廷へ赴いたとき、その娘たちにより謀殺された。
この話とは別に、ゼウスから授けられた正義の法にのっとってクレタ島を治めたミノスは、その功により死後冥界(めいかい)で、兄弟のラダマンティスとともに死者の生前の行いを裁く判官となったと伝えられる。ギリシア文明以前に栄えたミノス文明(クレタ文明)の名は、この王に由来する。また、ミノスにまつわる神話や伝説があまりにも多様なため、ミノスとは個人名称ではなく、神的王を示す普通名詞とも考えられている。ミノスがアテナイから朝貢を強いた話は、クレタが地中海域に覇を唱えていたころの歴史の反映、パシファエと牡牛の結婚は、牛態神と王妃の神聖婚の儀式の神話化かと考えられている。
[中務哲郎]