夏に行われる祭りで、期日は地方によってまちまちである。春秋の祭りと違い、本来の姿から大きな変化をきたしている。もともとこの時期は災厄を除去する行事の行われるときであった。とくに稲作にとって虫害や風害のおそれのほかに、水の心配がなにより大事(おおごと)で、この時分、水神の祭りをする土地が多くみられた。牛頭天王(ごずてんのう)を祀(まつ)ったという祇園(ぎおん)信仰が、近世以降全国にわたって夏祭として行われるようになり、その結果、夏祭が都会風の祭礼に変化してきた。『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』には「江戸の桜田山王、神田明神の御祭礼壮麗なり」とされ、元禄(げんろく)期(1688~1704)より神田明神祭には将軍の上覧があるようになった。また屋台や傘鉾(かさほこ)の練物(ねりもの)が出て多人数の見物人が集まるようになったが、享保(きょうほう)期(1716~36)に一時あまり豪華な祭礼は禁止されたとある。祇園祭の本家ともいうべき京都の八坂(やさか)神社の祇園祭は、もと旧暦6月7日から14日に及んで行われたが、現代は7月17日から24日までに行われている。しかし前後の行事を入れると7月いっぱいかかっている。祇園と同じ系統の祭りでよく知られているのは、愛知県津島市の津島祭で、天王祭とよばれ、7月第4土曜日とその翌日の日曜日に行われている。天王川に神輿渡御(しんよとぎょ)があり、夜提灯(ちょうちん)をつけた車楽船(だんじりぶね)が五艘(そう)出る。16日には神葭(みよし)流しという厄(やく)送りの神事が深夜行われる。
岩手県下の農村では、旧暦6月15日に古くより農神を祀り厄除(やくよ)けとして藁馬(わらうま)をつくって神送りしたが、いまでは牛頭天王を祀ると称している所が多い。陸中の海岸地帯ではやはり6月15日に曳船(ひきふね)祭を行っている。海上安全と豊漁を祈るという。愛知県北設楽(きたしたら)郡では6月15日の祇園祭の早朝、小麦稈(かん)でこしらえた包(ほう)に塩なしの米団子を包んで村内の神々に供える。翌16日は川へ行くことを忌む。長崎県壱岐(いき)島では「祇園三日、イミ三日」といって祇園祭の3日間は海へ入らない。山口県阿武(あぶ)郡では6月15日を牛の祇園といって牛を水辺に引いて行き洗ってやる。祇園の氏子はキュウリを食べないと諸地方でいわれている。
[大藤時彦]
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