学校給食(読み)ガッコウキュウショク

デジタル大辞泉 「学校給食」の意味・読み・例文・類語

がっこう‐きゅうしょく〔ガクカウキフシヨク〕【学校給食】

児童生徒に食事の一部または全部を学校で給与すること。昭和29年(1954)公布の学校給食法による。
[補説]次のように分類される。
完全給食:給食内容がパン又は米飯(これらに準ずる小麦粉食品、米加工食品その他の食品を含む)、ミルク及びおかずである給食
補食給食:完全給食以外の給食で、給食内容がミルク及びおかず等である給食
ミルク給食:給食内容がミルクのみである給食

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共同通信ニュース用語解説 「学校給食」の解説

学校給食

1889年、現在の山形県鶴岡市の寺にあった私立小学校での貧困児童のための米飯無償配布が始まりと言われる。貧困対策や就学奨励のため広がったが、戦時中は食料不足で多くが中止された。食糧難にあえぐ、戦後間もない1946年、国は普及奨励のための通達を出し、再出発した。54年、学校給食法制定。材料費は保護者負担が原則だが、文部科学省によると、公立小中学校で条件を設けずに給食を無償提供する自治体は、2023年9月時点で30・5%に上った。

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精選版 日本国語大辞典 「学校給食」の意味・読み・例文・類語

がっこう‐きゅうしょくガクカウキフショク【学校給食】

  1. 〘 名詞 〙 学校の管理のもとに集団的に児童、生徒に食事を供与すること。日本では昭和初期に臨時的に行なわれたが、第二次大戦後に普及し、昭和二九年(一九五四)には学校給食法が制定されて義務教育諸学校などで実施された。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「学校給食」の意味・わかりやすい解説

学校給食
がっこうきゅうしょく

学校において児童・生徒の心身の健全な発達に資することを目的として提供される食事(食物)のこと。日本では学校で授業のある日の昼食として提供され、食べる体験を通じて、食に関する正しい理解と適切な判断力を養うことにも寄与できるよう図られており、食育と結びついている。

[石田裕美 2024年12月16日]

世界の学校給食

給食の起源は、1786年にドイツミュンヘンで貧困児童に食事を施したのが始まりとされている。19世紀中ごろに世界各国で実施され、いずれも子どもの救済目的で始まっている。救貧行政、医療衛生行政、学校行政などが関連し、学校という場を使って実施された給食が学校給食である。

 世界児童栄養基金(GCNF:Global Child Nutrition Foundation)が行っている「学校給食プログラムに関する世界調査」の2021年版によると、世界人口の81%を占める139か国が回答しており、少なくとも3億3030万人の子どもたちが、学校給食のプログラムを通じて食物の提供を受けている。プログラムの中心は、学校で食事が提供される方法であり、それ以外にも家庭に持ち帰る方法、学校で簡単な食事が提供される方法もある。学校給食の目的は、子どもの栄養状態を改善ないしは増進し、健全な発育に寄与することで共通しているが、それぞれの国が抱える課題に応じて、給食を利用できる子どもが限られている場合もある。たとえば、小学生・中学生のすべての子どもに対する実施率は27%である。国による格差は大きく、貧困、食料不足、栄養不良などのリスクが高い地域での学校給食のニーズは高いと思われるが、そうした地域での普及率が低いのが実情である。給食は、栄養補給の直接的な方法であるため、ビタミンA、鉄、ヨウ素といった栄養素の欠乏が認められる国では、これらの栄養素を穀物や油、塩などに添加して提供している。学校で提供される食事や持ち帰るための配給食糧セットの内容は、穀物がもっとも一般的な食品であり、ついで油、豆類である。野菜や果物を提供している国は約65%で、動物性食品の提供は少ない。こうした提供内容にも国の経済的な状況が関係している。外国や国内からの寄贈で賄われている国もあるが、多くの場合は国内の市場から入手できる食物で構成されている。

 以上のように、世界で実施されている学校給食のプログラムは多様である。食物の提供のみならず、栄養や食物についての教育を同時に行い、健康な食事や食物選択の知識を習得し、健全な食生活を実践することができる人間の育成、農業の理解につながるようなプログラムを行っている国もある。

[石田裕美 2024年12月16日]

日本の学校給食の歴史

日本における学校給食は、1889年(明治22)に山形県鶴岡(つるおか)町(現、鶴岡市)の私立の小学校で貧困児童を対象に、仏教者が慈善事業として昼食の供与を無償で行ったのが始まりとされている。第二次世界大戦中に一時中断されたが、戦後の経済的な困窮と食料不足から栄養失調の児童・生徒を救済するために、アメリカなどからの援助物資(ララ物資)を受けて再開された。児童の体位の向上が認められ、1954年(昭和29)に学校給食法(昭和29年法律第160号)が制定され、現在の給食につながる枠組みが築かれた。給食が教育活動として位置づけられ、国が財政基盤を補助することが法制化されたことにより、現在まで持続的に発展してきた。また、安全で児童・生徒の成長に適した品質の食事の提供のために、栄養士免許を有する専門職がその運営管理のために配置されるとともに、2004年(平成16)からは栄養教諭制度も創設された。学校給食法は時代の要請に応じ、2008年にその目的や目標を54年ぶりに大改正している。これにより学校給食の目的が、「国民の食生活の改善に寄与する」ことから「食育」へと変化した。学校給食の目標は四つから七つに増え、栄養や健康のことだけでなく、食に対する感謝の気持ちの醸成や、食文化の伝承も含め、学校給食を活用した食育の充実を目ざすことが明確になっている。

[石田裕美 2024年12月16日]

日本の学校給食の栄養学的特徴

日本の学校給食には、完全給食(主食、おかず、牛乳)、補食給食(おかずと牛乳)、ミルク給食(牛乳のみの提供)の三つの食事パターンがある。完全給食の実施率がもっとも高く、小学校で児童数に対して99.2%、中学校で生徒数に対して90.0%(2023年5月時点)であり、小学校は横ばい、中学校は上昇傾向にある。学校給食実施基準によって、年間を通じ、原則週5回、授業日の昼食時での実施を、また栄養基準として学校給食摂取基準を定めている。学校給食実施基準は児童・生徒の食事調査の結果に基づき定期的に見直されており、不足しがちな栄養素は1日当りの推奨量または目安量の3分の1よりも供給量を多く設定している。献立は、この基準に基づいて各地域の教育委員会や学校が作成している。国産や地域の食材を用い、食文化の理解にもつながるよう地産地消が推進されている。戦後、寄贈された小麦粉によるパンを主食として給食が実施されていたこともあったが、食料自給率の高い米を主食とする米飯給食の普及・定着を背景に、「週3回以上」の米飯給食の実施を目標として推進している。また、どの給食パターンであっても牛乳が伴っていることに大きな特徴がある。牛乳は日本人に不足しがちなカルシウムの供給源であり、また、たんぱく質などの摂取源としても、成長期に重要な飲料とみなされている。

[石田裕美 2024年12月16日]

学校給食の運営

日本の学校給食は大きく分けて二つの運営方式がある。調理場が学校に設置されている単独調理場方式と、複数の学校の給食を学校とは異なる場所に設置した共同調理場でつくり、それぞれの学校に運搬する共同調理場方式である。どの方式で運営するかは、学校の設置者(自治体)が決定する。学校給食の実施は学校給食法によって学校設置者の任務と定められており、学校給食にかかわる施設や設備費、調理従事者の人件費などは学校の設置者(公立の場合は市町村などの自治体)負担、食材料費は保護者負担であることが定められている。したがって、調理場の方式は自治体の運営方針によって決定される。共同調理場は、効率化の面でメリットがあることから、共同調理場からの給食提供を受ける学校数、児童・生徒数ともに増加が続いている。また、調理業務の民間委託も増加傾向にある。自治体の予算を用いて運営されるため、運営面の合理化、効率化が不可欠であることを反映している。

[石田裕美 2024年12月16日]

課題

日本の子どもの相対的貧困率は先進諸国のなかでも高く、子どもの抱える問題の一つに貧困がある。世帯収入が子どもの食生活に影響を及ぼしていることは明らかになっており、中学校給食の実施率の向上はその解決策の一つとして取り上げられ、また保護者負担の給食費を無償化する自治体も増加している。財政的な基盤の確保に向け、調理業務の委託化、共同調理場の大型化など、学校給食の持続のためにさらなる合理化が求められる。また、少子高齢化の進展による労働力の減少の影響もあり、安全・安心な給食づくりに必要な技術や知識を有する人材の確保にも問題があり、給食の制度を維持していくための課題は多い。

 世帯の経済状態によらず、学校給食は児童・生徒の適切な栄養素摂取や多様な食体験の場としての役割も担っている。食物アレルギー等への対応など、ひとりひとりの児童・生徒に対するきめ細かな栄養管理も重要であり、給食の質を維持しつつ、制度の維持・発展につながる仕組みの再構築が求められる。

[石田裕美 2024年12月16日]

『新村洋史著『世界の学校給食・食育の歴史』(2024・績文堂出版)』『藤原辰史著『給食の歴史』(岩波新書)』

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改訂新版 世界大百科事典 「学校給食」の意味・わかりやすい解説

学校給食 (がっこうきゅうしょく)

児童,生徒らの心身の健全な発達と国民の食生活の改善に寄与するために,学校教育活動の一環として集団的に実施される給食を指す。この目的を実現するため〈学校給食法〉(1954公布)は,学校給食の目標を,(1)食事についての正しい理解と望ましい習慣を養う,(2)学校生活を豊かにし明るい社交性を養う,(3)食生活の合理化,栄養の改善および健康の増進を図る,(4)食糧の生産・配分・消費について正しい理解に導くとしている。このように学校給食の役割は,子どもに食事を与えることにとどまらず,食事を教材として味覚や食物選択能力を育て,食生活と食文化についての知識や認識を身につけ,子ども自らが心身の健康な発達を図っていくことにある。この意味で献立作成,調理法,栄養管理も教育活動と考えられ,各教科,特別活動,道徳など学校の教育計画全体に位置づけられねばならない。

 学校給食は当初,近代学校の拡充に伴う貧困児童の欠食対策として始められた。食事ぬきでは学校の教育効果も乏しいと考えられるようになったからである。世界的には,1796年ドイツのミュンヘンで,ルンフォルド伯爵が地域の簡易食堂を利用して貧困学童をここに集めて行ったのが最初といわれる。救貧政策としての学校給食法をもった最初の国はオランダ(1900)であり,デンマークフィンランドオーストリアベルギーなどがこれに続いた。イギリスは1944年教育法(バトラー法)で,初等・中等学校に給食をすることを地方教育当局に義務づけた。アメリカでは,現在学校給食連邦法と農業法とにより,公・私立初等・中等学校で給食が実施されているが,児童,生徒の保護と福祉の増進,農産物の国内消費の奨励にその重点がおかれている。日本の学校給食は,1889年山形県鶴岡町で貧困児童に昼食を与えたことに始まる。1932年には,就学奨励や体位向上の見地から文部省訓令〈学校給食臨時施設方法〉が公布され,政府も学校給食にのりだした。第2次世界大戦を境に学校給食は救貧から教育の一環へと転換するが,国際公教育会議が採択した〈学校給食および衣服に関する勧告第33号〉(1951)は,子どもの身体的および知的人格的発達の観点から,学校給食の普及整備を各国に勧告している。

 戦後,日本の学校給食は,アメリカのララ(アジア救済連盟)の脱脂粉乳やガリオア(占領地域救済政府資金。ガリオア・エロア資金)やMSA協定の小麦(アメリカ余剰農産物)で賄われ,パン給食が普及した。1976年からは古米の処理もあって米飯給食が導入された。さらに,1960年代から実現された共同調理場(センター)方式は,学校給食を飛躍的に普及させたが(現在50%以上がセンター方式),それは子どもの味覚や嗜好を,オムレツ,カレーライス,ハンバーグ,スパゲッティ,トースト,サンドイッチなどへ洋風化,画一化させている。給食の質的向上のために学校給食システム,教師の負担,栄養職員の配置などの問題が課題とされる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「学校給食」の意味・わかりやすい解説

学校給食
がっこうきゅうしょく
school lunch

児童,生徒の心身の健全な発達と国民の食生活の改善をはかるため,学校で集団的に行なわれる給食。欧米での起源は 19世紀にさかのぼる。日本では大正末期頃からおもに貧困児童の就学奨励策として,小規模ながら全国的に実施された。第2次世界大戦後,劣悪な食糧事情の対策として占領軍の協力を得て実施され,1954年には学校給食法が制定された。同法は義務教育諸学校での給食を奨励するもので,学校給食の目標,設置者,国および地方公共団体の任務,経費の負担関係,国の補助などを定めている。 1956年には高等学校定時制課程の学校給食奨励のための法律も定められ,1957年には盲学校,聾学校,養護学校の学校給食に関する法律も制定された。教育課程において,特別活動のなかに教育活動の一部として正規に位置づけられ,保健指導,安全指導,学校図書館の利用指導などとともに「学級活動」の重要な一環として指導されるようになっている。 2005年には,学校給食を教材として活用し,食に関する指導の充実をはかるため,栄養教諭制度が創設された。

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百科事典マイペディア 「学校給食」の意味・わかりやすい解説

学校給食【がっこうきゅうしょく】

体位向上や栄養教育などを目標とする教育活動。欠食児童の救済事業として始まり,日本では1932年以降文部省が予算措置を講じ,戦後急速に発達。学校給食法(1954年)等で目標,経費負担,国庫補助その他を規定する。完全給食(パン等,ミルク,おかず),補食給食(ミルク,おかず等),ミルク給食の区別がある。施設・運営費は学校設置者,その他の費用は保護者等が負担する。その運営のために1955年に日本学校給食会が設立されたが,2003年からは独立行政法人・日本スポーツ振興センターの事業に継承された。
→関連項目ララ(LARA)

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