山崎正和(読み)やまざきまさかず

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「山崎正和」の意味・わかりやすい解説

山崎正和
やまざきまさかず

[生]1934.3.26. 京都,京都
[没]2020.8.19. 兵庫
劇作家評論家。5歳から 14歳までの少年期を満州奉天で過ごし,1948年帰国。京都大学哲学科卒業,同大学院博士課程修了。1963年,足利義満世阿弥を光と影の関係としてとらえた『世阿弥』(俳優座上演)で第9回「新劇岸田戯曲賞(→岸田国士戯曲賞)を受賞。1964~66年エール大学に留学。その後,平清盛と後白河院との葛藤を描いた『野望と夏草』(1970),『実朝出帆』(1973)などの史劇を発表する一方,『劇的なる精神』(1966)に始まる評論活動も多彩に展開する。著書に『劇的なる日本人』(1971),読売文学賞受賞の『鴎外 闘う家長』(1972),『不機嫌の時代』(1976),「脱工業化社会」における個人のあり方を予測し吉野作造賞に輝いた『柔らかい個人主義の誕生』(1984),『社交する人間』(2003)などがある。関西大学教授,大阪大学教授,東亜大学学長などを歴任し,教育者として後進育成に努めるかたわら,1979年開高健らとともにサントリー文化財団を設立し,研究者を顕彰するサントリー文化賞を創設するなど文化・芸術活動を支え続けた。2007~09年には文部科学省の中央教育審議会会長を務めた。2006年文化功労者選定,2011年日本芸術院賞・恩賜賞受賞,2018年文化勲章受章。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山崎正和」の解説

山崎正和 やまざき-まさかず

1934- 昭和後期-平成時代の劇作家,評論家。
昭和9年3月26日生まれ。昭和38年「世阿弥」(「新劇」岸田戯曲賞)発表以来多数の戯曲をかき,47年別役実と手の会を結成。60年「オイディプス昇天」で読売文学賞。ひろい視野にたった評論でも知られ,47年「劇的なる日本人」で芸術選奨新人賞,48年「鴎外 闘う家長」で読売文学賞。阪大教授などをへて,平成12年東亜大学長。18年文化功労者。23年長年の業績にたいし芸術院恩賜賞。同年芸術院会員。京都出身。京大卒。著作はほかに「柔らかい個人主義の誕生」「文明構図」など。

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