日本大百科全書(ニッポニカ) 「アカトンボ」の意味・わかりやすい解説
アカトンボ
あかとんぼ / 赤蜻蛉
昆虫綱トンボ目トンボ科のアカネ属Sympetrumの種類の総称であるが、広義にはショウジョウトンボやベニトンボの成熟雄や、ウスバキトンボの赤化したものなどをさすことがある。アカネ属は、元来、北半球温帯の昆虫で、アフリカに1種、ヨーロッパとアジア大陸に約35種、北アメリカと中央アメリカに10種が知られており、日本には20種を産し、日本のトンボ類のうちもっとも大きな属を代表する。一般に羽化直後の成虫は体の地色は全体が淡褐色で、成熟にしたがい赤くなるものが多い(アキアカネ、ナツアカネ、マユタテアカネ、ネキトンボなど多数)。しかし雌は黄褐色のままであることが多い。また、黒色化する高山種のムツアカネ、青黒で白粉を帯びるナニワトンボ、成熟しても体全体が橙褐色(とうかっしょく)のもの(キトンボ、オオキトンボ)などもある。日本でもっとも普通に知られているアカトンボの代表はアキアカネであるが、これはヨーロッパやアジア大陸の北方に産するタイリクアキアカネの日本列島型で、この両者は形態や習性にもかなり違いがある。この種は東京付近では6月下旬ごろに一斉に池沼や水田から羽化し、ときに群飛していずれかへ飛び去る。その行動は詳しくは追跡されていないが、平地から山地に移り、7~8月の盛夏には山地の高所、ときに3000メートルぐらいまでにわたって、多くの個体が避暑したような状態で認められる。ここで秋冷がくるまで摂食生活を過ごし、気温の低下とともに雄は赤色化し、霜に追われるように、雄雌ともにしだいに低地に下る。しかし、最初に羽化した場所に戻るかどうかは確かめられていない。成熟した雄雌は平地で交尾産卵(アキアカネは水中に放卵する打水産卵)する。雄雌とも12月に入るまで生き延びるものもある。卵は水底で冬を越し、翌春温度の上昇とともに孵化(ふか)して第1齢幼虫となる。幼虫は水中の小動物をとらえて食べ、9回ぐらい脱皮して成長、6月末には水辺の植物に登って羽化する。
アキアカネによく似たナツアカネは夏にだけ現れるものでなく、アキアカネと同様に羽化して出るが、大移動をせず、おそらく樹林や低山地に移るものらしい。秋には鮮紅色となって水田などに現れ、雄雌連結したまま空中から放卵する(打空産卵)。ミヤマアカネははねに褐色の幅広い帯があるので他種と見分けやすく、マユタテアカネはやや小形で、前額部に1対の丸い眉紋(びもん)がある。これらの近似種にはマイコアカネ、ヒメアカネがある。ノシメトンボ、コノシメトンボ、リスアカネは翅端(したん)部が黒色となっているが、マユタテアカネの雌にも同じ型が現れる。
日本の特産種としては、ナニワトンボ、マダラナニワトンボ、ネキトンボなどがあるが、西日本を主として分布する。エゾアカネは北海道だけに産する北方種である。これらの各種の雌はそれぞれ特有の産卵弁をもち、独自の産卵習性を示すことで学術上の興味がある。近年、ヨーロッパやアジア大陸の北方にしか産しないと考えられていたタイリクアキアカネやオナガアカネが、本州の日本海岸に定着しつつある可能性があり、極端な場合には沖縄の八重山(やえやま)列島で秋季に発見されている。これらは季節風による移動を考えるほかに説明がつかない。アカトンボ類は日本では季節の風物詩であるが、アキアカネ、ナツアカネは民間薬として特定の薬店で販売されることがある。
[朝比奈正二郎]