改訂新版 世界大百科事典 「アレオパジティカ」の意味・わかりやすい解説
アレオパジティカ
Areopagitica
イギリスの詩人ミルトンが1644年末(11月23日と推定)に出したパンフレット。近代開幕期における言論自由論の古典とされる。原題は《Areopagitica; a Speech of Mr.John Milton/for the Liberty of Unlicensed Printing,to the Parliament of England》。1640年開始されるピューリタン革命は,絶対王政のすべての出版物に対する事前検閲システムを解体し,それまできびしい統制の下にあった印刷,出版を事実上自由にした。しかし,多様な〈異端〉意見の噴出と王党派出版物のはんらんに対応できなくなった長期議会は,43年検閲条令を出し,事前検閲を復活,出版物統制強化を試みた。このパンフレットは,それに対する激しい抗議であり,議員諸公に向かってミルトンが演説するという形をとった条令撤回要求書である。むろん,このパンフも無検閲で出版されている。題名の由来は,古代アテナイの西郊にあったアレオパゴスで,これは重要事項を判断する裁判所の名称であり,またそこからある種の討論の広場をも意味した。ミルトンの展開する〈検閲〉が人間の精神にとっていかに害があるか,といった論旨は独特の美文,名文句で述べられていて,歴史を貫通する普遍性をもっているが,基本になる〈自由〉〈人間〉観は,まったく神学的であり,ジョン・ロックから啓蒙期にいたる市民社会の言論自由論とはかなり異質である。ミルトンの努力にもかかわらず検閲条令は廃止されず,革命の過程での直接の政治的効果はなにもない。
執筆者:香内 三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報