イギリスの詩人ミルトンの長編叙事詩。1667年刊。初版は10巻であったが、再版(1674)以降12巻に編成され、これが今日の定本となっている。このイギリス文学最高の叙事詩は、神につくられた最初の人間であるアダムとイブが悪魔セイタン(サタン)に誘惑されて楽園(パラダイス)にある禁断の木の実を食べ、楽園から追放される、という『旧約聖書』の「創世記」の記事を素材としている。そして、作者の意図は、「われ永遠(とこしえ)の摂理を説き/人々に神の慮(おもい)の正しきを明らかにせん」という第1巻の初めに吐露されたことばに示されている。いいかえれば、人間が原罪を犯したにもかかわらず、神は独(ひと)り子イエス・キリストの血による贖罪(しょくざい)という愛と恩寵(おんちょう)の行為を人間に示すことによって人間を救おうとしていることを、ミルトンは読者と自身に向かって明らかにしようとした。楽園における人間に向かって、下から、悪魔(セイタン)と「罪」と「死」といういわば反三位(さんみ)一体の力が作用し、上からは、神と子と聖霊という三位一体の力が作用してゆく。人間(アダムとイブ)は下からの力に屈するが、上からの摂理によってやがて救われることを信じて、楽園を去ってゆく。
無限の空間と時間を背景に、あるいは地獄の凄惨(せいさん)な様相が、あるいは天国の光輝と調和に満ちた姿が描かれ、そしてその二つの極が指向する、地球上の一角にある楽園の緑の世界が鮮やかに浮かび上がる。すでに失明していたミルトンは、独特の心象と音楽的効果を駆使し、読者の想像力と心情と信仰に、強烈に訴えてくるのである。
[平井正穂]
『繁野天来訳『失楽園』(全2巻・1948・大泉書店/全3冊・新潮文庫)』▽『藤井武訳『楽園喪失』全3冊(岩波文庫)』
イギリスの詩人ミルトンの長編叙事詩。国民詩人としての使命を自覚していた彼は,若くから国民的テーマによる悲劇または叙事詩の創作を目ざしていた。そのテーマとしては,たとえばアーサー王伝説などが考えられた。しかしピューリタン革命と共和政の20年間を,散文による論争に明け暮れ,ついに深く傷ついたうえで詩作にもどった盲目のミルトンは,テーマを全人類の原罪の問題に移し,ジャンルは叙事詩に定めて,口述筆記による創作に入った。1658年ごろから始め,出版は67年。当初は10巻であったが,ギリシア,ローマの古典叙事詩の伝統を考慮に入れて,12巻に仕立て上げた。物語は,これも古典叙事詩の伝統にのっとって,〈事件のただ中へ〉という手法で始まる。すなわち善天使軍との天上の戦いに敗れて,地獄の暗黒の湖にたたき落とされたサタンとその悪天使軍が,累々とその湖面をおおう描写である。やがて目覚めたサタンが,自分を罰した神(ゴッド)への復讐のために,人類の始祖(アダムとイブ)を悪へ誘惑しようと,地球へ向かって飛び立つ。善天使はアダムに,天上の戦闘のいきさつを語る。しかし結局サタンは蛇に姿を変えてイブに近づき,禁断の実を食べさせる。これが人類の原罪である。最後は神の恩寵により,人類は救世主キリストによる究極の救済を約束される。朗々たる措辞に高遠なる思想を表し,英文学最高の大叙事詩となっている。
執筆者:川崎 寿彦
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ミルトンの長編叙事詩。1667年刊。旧約聖書の楽園喪失を物語化し,人間の象徴としてのアダムとサタンとの闘争を通じて神の摂理を明らかにする意図で書かれた。英文学における最大傑作の一つ。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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…ピューリタン革命が起こり,これに全身全霊を打ちこんだミルトンは,彼の奉じた大義の挫折のあとで,あらためて神の意志と人間の運命とを問い直す大叙事詩に筆を染めた。《失楽園》(1667)に教会の朗々たるパイプ・オルガンの響きを聞くのは,おそらくいろいろな意味において正しい。それは《ベーオウルフ》の地ふぶきでもなく,〈王党派〉詩人の室内楽でもなかった。…
…〈叙事詩時代〉と呼ぶべき第3期である。すでに全盲であったからすべては口述筆記によってなされたが,《失楽園》(1667)は英詩史上冠絶する最高の叙事詩である。《復楽園》はその続編とも呼ぶべく,古典ギリシア的手法による悲劇詩《闘士サムソン》と合本で71年に出版された。…
…
[楽園としての庭]
エデンの楽園におけるアダムとイブの至福は,ヨーロッパ人の懐旧の情を刺激したから,とくにルネサンス期以降には多くの絵画の題材になった。また楽園内部の男女のだれはばからぬ性的快楽というテーマは,一部の文学的想像力の刺激となり,たとえばミルトン《失楽園》に表現を得ている。また楽園の縮小版を自己の周囲に造形しようとする衝動もあって,これが人類の造園の歴史と間接的に結びついているといえるだろう。…
※「失楽園」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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