いすみ(市)(読み)いすみ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

いすみ(市)
いすみ

千葉県南東部、房総(ぼうそう)半島にある市。2005年(平成17)、夷隅(いすみ)郡夷隅町、大原町(おおはらまち)、岬町(みさきまち)が合併して市制施行、いすみ市となった。市名は古代以来の夷隅郡の郡名による。東は太平洋に面し、市域を夷隅川が貫流。外房(そとぼう)海岸沿いにJR外房線、国道128号が走り、外房線大原駅から内陸大多喜(おおたき)町へいすみ鉄道が通じる。これにほぼ並行して国道465号が走る。古く夷隅郡は『日本書紀』にみえる「伊甚(いじむ)国造」(『古事記』では「伊自牟国造」)の領域であったとされ、屯倉が置かれたと伝える。南北朝期には犬懸上杉氏と結ぶ狩野氏が大野(おおの)城を築き拠点にした。万木(まんぎ)には1412年(応永19)土岐時政が万喜(まんぎ)城を築城。同城は1590年(天正18)徳川氏の家臣本多忠勝に攻められ落城した。江戸初期、旗本堀氏が国吉苅谷(くによしかりや)村に陣屋を置いた。堀氏は1642年(寛永19)に大名となり、苅谷藩が成立。しかし、陣屋は1668年(寛文8)に市原郡八幡村(市原市)に移った。近世、国吉苅谷村では六斎市(ろくさいいち)が立ち、交通の要衝であった臼井(うすい)村の長者(ちょうじゃ)町は、宿場町、近郷の物資が集散する市場町として栄えた。また大原町にも宿場が形成された。
 現在夷隅川中流の平地では米作、そのほかではトマト、キュウリなどの野菜やナシの栽培、酪農が盛ん。沿岸部の大原漁港、太東(たいとう)漁港などではイワシ、イナダなどの沖合漁業が行われている。大聖寺(だいしょうじ)不動堂、照願寺(しょうがんじ)の紙本著色親鸞上人(しんらんしょうにん)絵伝は国指定重要文化財。海食崖(がい)の断崖上にある太東崎灯台、太東海浜植物群落(国指定天然記念物)、日在(ひあり)浦などは南房総国定公園に属し、観光地となっている。面積157.44平方キロメートル、人口3万8594(2015)。[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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