東日本大震災(読み)ひがしにほんだいしんさい

知恵蔵の解説

東日本大震災

2011年3月11日午後2時46分、三陸沖で発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震により引き起こされた大災害。最大震度7の強い揺れと国内観測史上最大の津波を伴い、東北・関東地方を中心とする広い範囲に甚大な被害をもたらした。また、東京電力福島第一原子力発電所が被災し、放射性物質が漏れ出す深刻な事態になった。
この地震は、西北西-東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型で、岩手県沖から茨城県沖にかけての長さ約500キロメートル、幅約200キロメートルの広い範囲が震源域となって起きた。津波は、北海道から沖縄県まで観測され、岩手、宮城、福島の東北3県では浸水高が10メートルを超え、最大遡上高は明治三陸沖地震(1896年)を上回る観測史上最大の40.0メートルだった。(12年1月14日現在、東北地方太平洋沖地震津波合同調査グループ調べ)。
海岸から数キロメートル内陸にまで津波が浸入した地域もあり、建物が根こそぎ流されて壊滅状態になった町もあった。宮城県気仙沼市などでは、津波で倒されたタンクの重油に引火するなどして大規模な火災が発生した。東北3県を中心に広い範囲で停電や断水になり、太平洋側の港湾や沿岸を走る鉄道、仙台空港などが津波に遭ったため、輸送交通網が切断された。茨城県や千葉県でも津波による死者が出た他、各地で地盤沈下や液状化現象が見られ、千葉県浦安市では市域の4分の3で液状化が起き、家屋の傾斜や断水、路面の地割れなどの被害が出た。首都圏では、交通機関が運行を停止し、帰宅困難者が多数発生した。また、最大震度5弱以上の大きな余震もたびたび起きており、関東北部や長野県、新潟県などでも土砂崩れや家屋の倒壊、断水などの被害が出た。
警察庁緊急災害警備本部によると、被害は東北3県を中心に1都1道20県に及び、死者1万5848人、行方不明者3305人。建物被害は、全半壊37万戸超、全半焼281戸など。道路損壊3918カ所、山崖崩れ205カ所などだった(いずれも12年2月10日現在)。また、内閣府は、住宅、工場、店舗、農林水産施設、ガス、水道、道路、港湾、学校、病院などの資本ストックの被害額を約16兆9億円と推計している(11年6月24日発表)。
この地震と津波により、福島県の海岸線に建つ福島第一原発が外部電源や多くの非常用電源設備の機能を失ったことなどによって、炉心を冷却する機能が損なわれた。11年3月12~15日には、6基の原子炉のうち1、3、4号機で水素爆発が起こり、原子炉建屋が損傷。一連の事故で放射性物質が大気中に放出され、国際的な事故評価尺度(INES)で最悪の「レベル7(深刻な事故)」と評価された。これは、1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故と同等レベル。国の原子力災害対策本部は、福島第一原発から半径20キロメートル圏内を警戒区域に、事故発生1年間の積算線量が20ミリシーベルトに達する恐れのある区域を計画的避難区域に指定するなどし、約11万人が避難を余儀なくされた。東京電力は電力不足に陥り、計画停電を実施した。
今回の震災では、被災地域が広域にわたり、被災者は近隣地域を中心に全国に避難した。12年1月26日現在、34万人以上が仮設住宅や民間住宅、親戚宅などで暮らしている。自力で避難が困難な高齢者や障害者の死亡率が高かったのも特徴で、避難所や移転先の施設などで亡くなった人も多かった。工場や農地も被災した。被災地域は電子部品や素材の出荷が多く、工場の稼働停止は国内のみならず海外の製品生産にも影響を与えた。放射性物質が飛散した原発事故では、一部の農産物などから国の暫定基準値を超える放射性物質が検出された。日本製品の輸入を停止した国もあり、海外からの旅行のキャンセルも相次いだ。国内の消費者にも、被災地の農産物の買い控えなど、風評被害と見られるような行動もあった。
この震災で、日本は世界各国から支援を受けた。多くの緊急救助隊や医療支援チームなどが日本に訪れた他、在日米軍が最大時には2万人以上による大規模な支援活動「トモダチ作戦」を展開した。ソフトバンクの孫正義社長、男子ゴルフの石川遼選手など、国内外の各界の著名人が高額の寄付や支援活動を実施。日本赤十字社などには5カ月足らずで3000億円を超える義援金が寄せられたが、被災者の手元になかなか届けられず課題を残した。また、今回の震災では、携帯電話やメールがつながらなくなった災害時や、その後の支援活動に、ツイッターなどのソーシャルネットワークサービスが活躍した。発生直後には、大惨事の混乱の中で冷静に秩序を保つ被災者の姿が、海外で報道され賞賛された。
復興に向けては、有識者による東日本大震災復興会議の開催が閣議決定により設置され、復旧にとどまらない復興の構想について議論がされている。

(原田英美  ライター / 2012年)

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デジタル大辞泉の解説

ひがしにほん‐だいしんさい【東日本大震災】

平成23年(2011)3月11日に発生した地震(東北地方太平洋沖地震)により、東日本の各地に甚大な被害を及ぼした災害。本震はマグニチュード9.0。東北地方の沿岸部では最高潮位9.3メートル、遡上高40.5メートルに達する巨大津波が発生した。本震後も、岩手県沖から茨城県沖の広い範囲で余震が多発。死者・行方不明者は約1万9000人とされる。東北・関東大震災。

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百科事典マイペディアの解説

東日本大震災【ひがしにほんだいしんさい】

2011年3月11日,東北地方太平洋沖で起こった巨大地震とそれにともなう大津波によって引き起こされた,戦後日本最悪とされる震災。同日14時46分頃,牡鹿半島沖東南約130km深さ24kmで日本の観測史上最大のマグニチュード9.0という超巨大地震が発生,さらに,15時9分頃岩手県沖でマグニチュード7.4,15時16分頃茨城県沖でマグニチュード7.7と巨大地震が連続的に発生,一連の地震は,三陸沖を中心とする,岩手県沖から茨城県沖まで,幅200km長さ500kmに及ぶ広大な震源域を持つものと推定され,三陸地方をはじめ太平洋岸の各地に大津波が襲い,各地の市町村が壊滅的な打撃を受けた。津波の最高遡上高は約40mに達したところもあると言われる。地震にともなう巨大な揺れ,火災,液状化現象,地盤沈下などによっても大きな被害が各地で発生した。この大津波・地震を一つの要因として,東京電力福島第一原発で大事故が発生。また,東北自動車道をはじめ幹線道路が各地で寸断され,鉄道も東北新幹線をはじめ甚大な被害を受けた。大津波で気仙沼線など太平洋岸の在来線では多数の駅が流出,線路が数十kmにわたって流されるといった事態が起こり,東北地方一帯の交通網が完全に麻痺状態に陥った。菅直人首相は,3月11日14時50分に災害対策基本法に基づき首相官邸内に危機管理センターを設置,15時14分に首相自身を長とする〈平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震緊急災害対策本部〉を設置,ただちに〈災害応急対策に関する基本方針〉を15時37分に招集された関係閣僚会議で発表した。緊急災害対策本部の設置はこれが初めてである。防衛省も同日同時刻に災害対策本部を設置,県知事の要請によりただちに自衛隊災害派遣を決め出動させた。自衛隊の災害派遣出動は,人員約10万6550名,航空機503機,艦船50隻(4月19日現在)の過去最大規模となり,予備自衛官及び即応予備自衛官も招集された。アメリカ軍は,海軍・海兵隊・空軍約1万8000人を投入するトモダチ作戦を展開,被災者の救助・救援活動にあたり,さらに福島第一原発事故への対処で,核兵器対策などを担う海兵隊特殊部隊CBIRFを派遣した。また潘基文国連事務総長は大震災発生直後に緊急記者会見し国連として救援活動に乗り出すことを表明,韓国・中国・ロシアをはじめ救助隊の派遣の申し出が相次ぎ,130ヵ国,30国際機関,670のNGOなどが支援を表明した。しかし,市町村などの行政組織自体が大きな被害を受けたこと,被害地が東北から関東にかけ東日本の太平洋岸一帯という広域に及び,道路など交通網が大きな打撃を受けたことなどが重なり,救援活動は困難をきわめた。政府は,2011年4月,総理大臣の諮問機関として復興構想会議を立ち上げ,創造的復興のための方針作りに着手。同年6月,東日本大震災復興基本法が公布・施行され,内閣に東日本大震災復興対策本部が設置された。7月,東日本大震災の復旧・復興関連経費を盛り込んだ平成23年度第二次補正予算(1兆9988億円)が成立。菅直人政権を引き継いだ野田佳彦内閣は,11月,東日本大震災関係経費11兆7335億円などを柱とする平成23年度第三次補正予算(12兆1025億円)を成立させた。12月には,東日本大震災復興特別区域法が成立。12月9日,復興庁設置法が成立し,震災からの復興を目的として期間を定めて設置される復興庁の所掌事務,組織が具体化され,2012年2月10日,ようやく復興庁が発足,地方機関として岩手・宮城・福島に復興局が設置された。復興庁は震災発生から10年後の2021年3月までに廃止される予定である。初代復興大臣は平野達男(民主党)。復興予算の財源を確保するため設けられた所得税に税額2.1%分を上乗せする復興増税が2013年1月から実施された。国には復興予算の適切な執行が求められている。2012年5月現在,大震災による死者1万5858人,行方不明者3021人(警察に届け出があったもの)。大津波による漁船被害は2万2000隻以上,農地は2万3600ヘクタール以上にのぼる。建物の被害は,2011年4月の警察庁発表によると,全壊6万2112戸,半壊2万5002戸,一部破損19万3921戸。避難生活を余儀なくされた人は最大で40万人以上とされている。とくに甚大な被害を出したのは,宮城県・岩手県・福島県であるが,被害は青森県・茨城県・千葉県・東京都などに及んだ。地震予知を含め,防災対策,災害対策,危機管理のあり方など,これまでの国としての取り組みが根底から崩れたことから,多方面にわたる徹底的な検証が求められている。大震災の被害の全貌の把握も今後の詳細な調査の課題だが,政府は,直接的被害の総額を16兆〜25兆円とする試算を発表している。2013年3月国の中央防災会議は,東日本大震災の被害を踏まえ,〈南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ〉による試算として,将来想定される南海トラフ大地震の被害を死者32万3000人,経済被害想定を最悪220兆円と発表した。
→関連項目アクシデントマネジメント枝野幸男NPOエネルギー政策外傷後ストレス障害海洋汚染柏崎刈羽原発活断層環境難民菅直人内閣危機管理緊急災害対策本部計画停電激甚災害原子力安全委員会原子力災害対策特別措置法原子力発電子ども手当災害救助法災害対策基本法三陸沖地震三陸鉄道[株]自衛隊災害派遣地震地震災害首都直下型地震貞観津波スマトラ沖地震節電高木仁三郎ツイッター津波低体温症TPP電力システム改革東海地震東海村臨界事故東京電力[株]東北電力[株]東北本線中井久夫南海トラフ日本浜岡原発東日本大震災復興基本法兵庫県南部地震風評被害放射能汚染ボランティア活動山口仙二吉田昌郎余震ラウンドアバウト

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東日本大震災
ひがしにほんだいしんさい

2011年(平成23)3月11日午後2時46分ごろに発生した東北地方太平洋沖地震によってもたらされた大災害。地震の規模はM(マグニチュード)9.0で気象庁観測史上最大の地震となった。宮城県北部で震度7を記録したほか、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉の各県で震度6強から6弱を観測した。この地震により発生した大津波が東北地方から関東地方の太平洋岸に襲来し、各地に甚大な損害をもたらした。この災害による死者は1万3000人以上、行方不明者は1万4500人以上、6万7000以上の建物が全半壊(2011年4月12日時点)しており、阪神・淡路大震災を上回る戦後最大の災害となった。首都圏でも、JR各線をはじめ、鉄道が長時間停止する事態に陥った。
 地震発生後、福島第一原子力発電所(福島県双葉郡大熊町・双葉町)において、放射性物質が漏出する重大事故が発生した。6基の原子炉のうち、1~4号機の電源が津波の浸水により故障し、さらに原子炉建屋内で水素爆発がおきるなど、炉心溶融の危険性が生じ、アメリカのスリーマイル島原子力発電所事故(1979)を上回り、旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所事故(1986)に比べられる大事故となった。政府は原子力災害特別措置法に基づき、「原子力緊急事態」を宣言、付近住民の避難が行われた。また、福島原発の停止などによって東京電力の供給量が不足し、計画停電(突発的な停電を防ぐため、地域と時間を限定して行う停電)が実施された。[編集部]

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