イロリン(英語表記)Ilorin

デジタル大辞泉 「イロリン」の意味・読み・例文・類語

イロリン(Ilorin)

ナイジェリア西部の都市。クワラ州の州都。19世紀初めにヨルバ族のオヨ帝国から独立したが、イスラム教徒ソコト帝国に併合。19世紀末に英国保護領になった。20世紀初めにラゴス鉄道で結ばれ、物流拠点として発展。商業軽工業が盛ん。陶器土器木彫などの伝統工芸でも知られる。

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改訂新版 世界大百科事典 「イロリン」の意味・わかりやすい解説

イロリン
Ilorin

西アフリカのナイジェリア西部,内陸にある商工業都市。人口46万4000(1995)。ニジェール川西岸にひろがる農耕地帯にあって,紙巻タバコ,マッチ,砂糖などの軽工業が発達しているほか編物,スズ製品,木彫器,土器などの伝統工芸が盛んである。早くからヨルバ族の王国の首都として栄え,同じヨルバ族のオヨ王国に対して1817年に反乱を起こし,勝利をえて政治経済の中心となった。しかし,サバンナ地帯の南端に立地していたため,北方から南下してくるイスラム教徒の遊牧民フルベ(フラニ)族に攻撃され,1820年代にはソコトを首都とするフルベ族の王国に併合された。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イロリン」の意味・わかりやすい解説

イロリン
Ilorin

ナイジェリア南西部の都市。ラゴス北北東約 260kmに位置。 18世紀末にヨルバ族が建設,オヨ帝国の属国であるヨルバ王国の首都となったが,1817年ソコトの首長アリミの支援を得てオヨに反逆,独立を達成し,アリミの息子が首長となった。以後北部と南部の中継貿易地として栄え,1900年イギリス保護領の北部ナイジェリアに編入された。住民の大半はヨルバ族。南北を結ぶ鉄道沿線に位置し,キャッサバ,トウモロコシ,ミレット,米,綿花,家畜などの集散地で,近代的な製糖工場があるほか,皮細工,製陶,染色などの手工業が行われる。首長の居城,モスクなど歴史的建造物が残る。人口 42万 (1991推計) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「イロリン」の意味・わかりやすい解説

イロリン
いろりん
Ilorin

西アフリカ、ナイジェリア中部、クワラ州の州都。人口46万4000(1995)。本来ヨルバ人のオヨ帝国の一部であったが、19世紀初頭以後フラニ帝国に支配権を奪われ、のちイスラム藩王国となった。さらに1897年イギリスがこの町を占領し、北部ナイジェリアに組み入れた。1908年ラゴスから鉄道が開通し、また国道1号線もこの町を通り、物資の集積地として栄えた。陶器づくりのほか、近代工業の進出も盛ん。

[島田周平]

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