1本ないし2本以上の,繊維束など細長い素材を一定のシステムで組み合わせ,面的な広がりをもつ製品を作る手工芸。編物ということばの意味は必ずしも明確ではなく,織機出現以前は織物とほとんど不可分の関係にあった。〈編み〉に機械的工夫を加えたものが〈織り〉だともいえよう。
人類は古くから編物を利用していたらしく,考古学的には網,籠(バスケット類),蓆(莚)(むしろ),網代などが確かめられる。だが編物は素材が一般に有機質だから腐りやすく遺物として残りにくいため,絵画資料によるほかは多くの場合,粘土面への圧痕などによってわずかにその存在を知るか,または出土する石・土製の錘をもって編物細工用の錘具あるいは漁網用の錘とみて,それらの存在を間接的に推知したりするにとどまる。ただ,中東の乾燥地帯やヨーロッパの低湿地遺跡などでは,実際の遺物もよく保存されていて,かなりの出土例が知られている。
編物の起源はすでに旧石器時代にあるらしい。ケニアのガンブル洞穴Gamble's Caveでは後期旧石器時代とされる籠目の圧痕のついた粘土片が出土している。これは粘土で内張りした籠が火を受けた結果偶然に残されたものらしいが,これがおそらく最古の例だろう。人類の水産資源の利用が活発になった中石器時代には漁網としての網も発達した。フィンランドのアントレアAntrea(現,ロシア領カメノゴルスク)では内皮繊維で編んだマグレモーゼ文化期の漁網の断片が松皮製の浮きとともに,またデンマークのハルベクHolbaekでは小枝で編んだ筌(うけ)が発見されている。
新石器時代になると,籠や蓆の類が世界各地で盛んに作られた。なかでも軽く丈夫で携帯に便利な容器としての各種バスケット類は最も多く利用された。エジプトのファイユームでは前4500年ごろこの技術がすでに完全に発達していた。ここでは貯蔵穴の中から種子容器と思われる舟形の籠が発見されているが,これは王朝時代やさらにもっと後のヌビア産のそれと同じく巻上げ技法で作られている。なお,王朝時代の壁画には網,筌,籠,蓆など種々の編物が実際の日常生活の中で利用されているようすが詳細に描かれている。イラクのジャルモでは前6000年の先土器新石器時代の農家の床に敷かれていた平編の蓆の圧痕のついた粘土が発見され,またパレスティナのイェリコでも先土器時代のイグサ(灯心草)製の丸い蓆の痕跡がみつかっているほか,青銅器時代の墓からは果物を入れたままの籠など各種の編物が出土している。
前2500年ごろのスイスの杭上住居址の土器にもイグサで編みかけた平織の蓆の圧痕があり,スカンジナビアの泥炭地遺跡では,イグサ,アマ,柳,アシなどのみごとな籠や蓆その他種々の編物が出土している。北アメリカ南西部のアナサジAnasaji文化の前半期(前100-後700)はバスケット・メーカー文化と呼ばれ,椀や盆から各種物入れ,尖底の運搬用容器,ピッチで防水加工した液体用容器に至るさまざまなバスケット類をはじめ編袋や漁・猟用網など多種多様の優れた編物細工で有名である。インドではモヘンジョ・ダロに,中国では仰韶文化の彩陶の底部に蓆の圧痕をみるが,中国では後に漢代の楽浪古墳の彩篋(さいきよう)のように竹皮を編んだ籃胎に漆を塗って彩色した優品が作られるに至る。
日本では縄文時代からあり,福井県鳥浜貝塚で縄文時代前期にさかのぼる籠が紐,縄とともに出土している。縄文後期には土器の底部に網代の圧痕をもつ例(網代底)が多く,その多様さは注目すべきものがある。晩期では岡山県南方前池の貯蔵穴でどんぐりなど木の実を蓄えた上にかぶせてあった網代が検出された例があり,青森県是川など低湿地遺跡から,竹,藤,アケビ,アシなどで編んだ各種の籠,蓆や籃胎漆器なども出土している。
以上,世界各地の考古学資料にみた各種編物の技術的伝統は今日も各民族の間に伝えられ,一般には女性の作業として保持されている。なかでも北アメリカ西海岸,カリフォルニアからアラスカにかけての地帯に住むポモ,カロク,ユロクなどインディアン諸部族ではとりわけ籠作りが好まれ,その技術が高度に発達し,物入れから小屋まであらゆるものが作られるので有名である。世界の編物文化をみると,植物のつる,樹木の内・外皮,小枝,根,竹,草の茎や葉,獣皮や腱など,素材ひとつとってみても環境に応じてさまざまな材料が選ばれ,独自のものが形成されている。
執筆者:菊池 徹夫
細長い素材は,編み方や用途によってさまざまな大きさや形に姿をかえる。おもな編み方とその製品には次のようなものがある。
縦材と横材とを固定するために,つる,紐,皮などでからませていく編み方である。この編み方は編物などのなかで最も原初的なものの一つで,世界に広く分布している。山の幸を入れるテゴや背中当てに着る秩父地方のジュロータなどは,この編み方によって作られる。
この編み方も古く,とくに北アメリカ大陸で発達した。編み方は二つの要素すなわち,とぐろcoilと,縫合せsewingまたはくるみかけwrappingの細紐stripから成っている。多くの場合,イネ科やイグサ科の茎や葉を束芯にして,らせん状に巻き上げながら,それに縦糸である細紐で縫い合わせたり,締め固めたりする。北アメリカのインディアンのバスケットが有名であるが,日本では東北地方のエジコ(赤子入れ)や飯櫃を入れておく〈お櫃入れ〉などが,この編み方で作られる代表例である。
細長い編台を使い,この編台に横材を置き,縦材は紐糸を巻きつけたコモヅチ(おもり)2個を前後に動かしながら編んでいく。この編み方のおもなものとしては,俵編,簾(すだれ)編,簀の子編,もじり編などがある。
編材としては縦・横同幅・同厚のタケ科の素材が多く使われる。この編み方は,編目を大きくあけているのが特徴で,その形から四つ目籠,六つ目籠,八つ目籠などがある。製品としては,草・桑取用,竿入れ用などの籠が多い。籠の代表的な編み方であるので,かご編と呼ばれる。
かご編に似ているが,縦・横を明確化して編むことがかご編と異なる。幅広の縦材(タテヒネ)を固定し,細い横材(ヨコヒネ)をくぐらせたり,越えさせたりして編む。織物の平織に相当する。製品には水切りざる,しょうぎなど浅い入れ物がバラエティに富む。
竹,アシ,ヒノキなどうすく削ったものを斜めまたは,縦・横に編む手法をいう。素材はみな同幅・同厚で,編目のすき間もない。ヒネのくぐらせ方,越え方,ずらし方によって柄出しができる。織物の綾織に相当し,敷物,垣,扉,天井,壁,籠の底など平面的なものに威力を発する。
普通は〈網をすく〉という。細紐または糸,針金などを網針や網目板に巻きつけ,輪を作り結び目を作りつつ編みすすめていく。
代表例は,女の子が長髪を編むときの方法である。三分した髪束を交互に組んで帯状に編むが,髪以外では,樹皮や草葉を編んで帯状の紐に作り,肩紐などに用いられるケースが多い。
このほかヨーロッパ流の編み方として,棒やかぎ針を使って編む毛糸編やレース編がある。
編物の形には,簾,蓆,網など平面形のもの,ざる,籠などの立体的なもの,筌,蛇籠など筒形のもの,すかりなどの袋状のもの,しょいこの肩紐など帯状のもの,およびあんぎんのような着物状のものなどがある。
最も多いのは,入れ物である。入れ物には,入れる,置く,集める,運ぶ,ためるなどの機能があり,焼物と同じように壺形,甕形,皿形,半切り形などがある。つぎに多いのは着物や衣服である。保温のためのセーターやあんぎん,防寒・防雪のための深沓やはばき,汗とりや通気を目的としたすあみ,雨よけ・日よけのための笠などがある。体につけるものは,身体の新陳代謝を阻害しないよう編目のもつ通気性や防湿性に機能を求めている。
この編目の通気性や通水機能を利用した編物も多い。よしずや簾はもちろんのこと,簗(やな)漁のやな,簀立て,水切り用のざるなどが代表例である。また,味噌こしや篩(ふるい),しょうゆしぼりの袋などは,編目の通過性に,より分けの機能をもたせたものである。これらとは反対に,編物が遮へい,防護,仕切り具として用いられる例としては,あじろ垣や衝立(ついたて),あじろ天井などがある。
蓆や養蚕用の籠などは,物をひろげ干したり,飼育したりするのに用いられる。虫籠や鳥籠なども同じ目的である。運搬用具としては駕籠のほかにざる,もっこ,泥運び用のすかり,郵便物や船荷の上げ下ろしに使う編袋などがある。ごみや空気を動かす用具としては箒(ほうき)やうちわ,扇子があり,編物の弾力を活用しながら風選を行う箕などもある。魚取り用の筌は,仕掛ける,陥れる,捕らえるなどが複合した機能をもっている編物である。
編物が装飾として用いられる例としては,バンドリ,サクラ皮などの張りつけ細工などがあるが,多かれ少なかれすべての編物には美的図柄や形を造形しようとする努力が払われてきた。それらの美は,実用の中で磨きぬかれてきているため,見る人に力強く訴えるものをもっている。
→網 →籠
執筆者:吉川 國男
編物は1本または数本の糸でループ(編環)を作りながら布状の製品を作るが,ループ自体が伸縮するため,衣料に適する。
毛糸による編物の最古のものとされているのは,2世紀半ばの古代シリアの遺跡から出土した編裂布である。4~5世紀前後のエジプト,コプト時代の遺跡からは指先の分かれた編みソックスや人形の帽子などが発見されている。これらはすべてメリヤス編である。中世以降はアラブがエジプト征服により技術を高め,8世紀には刺繡や編みの技術をイスラム文化とともに西欧に伝えたといわれる。中世後期からルネサンスにかけては手編技術が発展し,スペインやイタリアからしだいにヨーロッパ全土へと広がっていった。1417年,ドイツで綿糸,麻糸,毛糸による手編が始まり,15世紀後半にはイギリスでも編物が用いられ始めた。1527年,フランスに編靴下組合が設立され,16世紀後半になると,ドイツやイギリスでも絹の編靴下が貴族に用いられた。88年,イギリスの牧師リーWilliam Leeがヒゲ針を用いた靴下編機を発明し,翌年にはさらに1インチ20ゲージ(後述)のフルファッション(成型編)絹靴下編機に発展した。1775年にクランがトリコットの母体である経編(たてあみ)機を案出,1849年にはM.タウンゼンドが,今日でもメリヤス編機のほとんどを占めているベラ針を発明し,イギリスはメリヤス王国となった。1816年にはM.I.ブルネルによりフルファッションの円編機が作られたが,編機の動力化は19世紀後半になってからである。19世紀に入ってからは,戦争が編物の興隆に影響を与えた。たとえばクリミア戦争で兵士のかぶった深い帽子は,厳寒から首や耳を守るための必需品であった。また19世紀は,上流階級の女性たちがあり余る時間を編物にあて,レース編などの繊細な手編が盛んになった。一方,雑誌,新聞が出回り,デザイン技術も広範囲に行き渡った。
ヨーロッパの編物が日本に伝わったのは16世紀後半の南蛮貿易による。17世紀にはメリヤス足袋(たび)が俳句にも詠まれた(《猿蓑》)。メリヤス製品は大名や富裕な商人などに用いられ,徳川光圀所用の靴下が今に残っている。《守貞漫稿》にも武士が手おおいとして用いたと記され,現在の手袋と同形であった。幕末から明治には,外国人で編物を教える者があらわれた。教本も出版されて女子の間に手芸編物が流行した。1871年(明治4)西村勝三が,数台の編機を輸入して東京築地に工場をつくり,靴下を製造したのが日本におけるニット工業機械編の始まりである。これ以後,1924年萩原まさが手編機を,26年佐野寅之助,塚田右兵衛両名がシンカ針を,28年森音次郎がメリヤス針を発明した。32年市川止がメリヤス針を使った手編機を発明し,大日本編物研究会が発足した。第1次大戦後には女性の社会進出に伴って機能的なニットのセーター,カーディガンが出現し始めた。また55年にはJIS規格が成立し,それまで不統一であった編目記号も統一記号が用いられることになった。
編物は大別すると手編物と機械編物に分けられる。手編物とは,棒針編(ニッティング),かぎ針編(クロッシェ)と,その両方の特徴を生かしたアフガン針編,手編機(家庭用編機)などによって作られる編物をいい,解くと元の糸に戻る成型編がほとんどである。手編は針の太さにより,編地の粗目,細かい目が決まる。棒針編の編地の基本は表編(表目)と裏編(裏目)で,その組合せにより,さまざまな編地をつくる。編目組織は横編組織で,基本の編み方にはメリヤス編,ゴム編(リブ編),ガーター編(パール編)がある。かぎ針編の編目組織は経編組織の応用と考えられ,基本の編み方には鎖編,細編(こまあみ),長編,中長編,長々編などがあり,これらの組合せによってさまざまな模様の編地が作り出される。編地は棒針編に比べ,厚手で伸縮性が少ない。アフガン編は棒針の先にかぎのついた針を用いて編み,往路と復路の目によって1段できるのが特徴。伸縮性はあまりないが編地は安定しており,形くずれしにくい。アフガニスタンで生まれたためこの名がつけられ,北ヨーロッパ,ロシア,アメリカなど寒い地方で防寒用やスポーツウェアとして広く愛用されている。
機械編は,各種の工業編機(横編機,経編機,丸編機)によって作られる編物をいい,一般的にメリヤスまたはニットと呼んで手編と区別している。生地編と成型編があり,生地編は裁断縫製をして被服を作る材料としての編地で,成型編は糸から直接,製品を成型しながら編むものである。横編機によって編まれる横メリヤスと,経編機で編む経メリヤスがある。編地構成からは横編,経編,丸編の3種類に分けられる。横編は横方向に編まれた編地で,ループが縦に解けやすい,伸縮性がある,成型製品が作れるなどの特徴がある。編地の柄には天竺,リブ,パール,ピンタック,ラーベン,振り,片畝,両畝,矢振り,ジャカード,レース柄,インターシャー,プレーティングなどがある。横編機は自動化の編機として,多様な装飾的編地を生産する。多品種少量生産の高級外衣を製造するのに適しているので,中小ニット企業に向いている。経編は縦方向に編まれた編地で,ほぐれにくい,縦柄を編みやすい,伸縮性が比較的少ないなどが特徴。横編機に比べて大きな装置が必要で,成型編はできず,縫製される。丸編機はまるく円を描くように編む。給糸口が多いので生産性は高い。一般に細番手の糸を用い,脇縫目のないTシャツなどは,この丸編機によって作られる。編地の柄にはフライス,テレコ,インターロック,ピケ,ポンチローマ,パイル,ジャカード,リップル,バーズアイなどがある。しかし縄編,レース編,振り編などは編めず,デザイン的に柄の制約が多い。
編地は糸の太さによってざっくり編んだり,きつく編んだりして風合いを出す。その編物の密度を表す単位をゲージgaugeという。ゲージは手編と工業用編機では異なり,手編の場合は製作する糸と針で試し編みをする。約15cm四方の正方形を編み,中心寄りの10cm四方の横方向に何目,縦方向に何段あるかを計って表す。この数が多いほど編目は詰まってかたく,少ないほど粗くてゆるい編地になる。工業用編機のゲージは,一般的に針床1インチ(2.54cm。ただしコットン式は1.5インチ)に針が何本入っているかによって決まる。1.5~30ゲージあり,7ゲージの編機とは,1インチ間に7本の針が植え込まれている編機のことである。家庭用編機は5.5ゲージになっている。
→編機 →メリヤス →メリヤス編機
執筆者:城川 美枝子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
糸状の素材を用いてループ状にし、そのループを連続しながら一つの形をつくりあげること、およびその製品をいう。編むという意味は、手編からきている古代英語のシンタンcynttanから転じた英語のニットknitをさす。また編成してできたメリヤスという語は、スペイン語のメディアスmedias、あるいは、ポルトガル語のメイアシュmeiasから転訛(てんか)したといわれている。ニットとは編物、メリヤス製品全体の総称であり、メリヤス製品とは、工業用機械で編まれたものをさす。なお、編むという行為の人類学的な解説は「編む」の項を参照されたい。
編物は伸縮性に富み、弾力性がある。保温力に優れ、ループ編成のため多孔性となり通気性があり、編み直しができる。素材の組合せ、配色法や技法など、創意工夫により、手芸的な小物から下着類、和服類、被服全般、室内装飾まで、あらゆる作品ができる。
[河合貴代美]
手編と家庭用編機による機械編とに大別でき、手編には、棒針編、かぎ針編、アフガン編がある。棒針編は、表編と裏編が基本となって、これらの組合せ、応用により各種の模様編ができる。かぎ針編は、鎖編、細編(こまあみ)、長編などが基本となる。アフガン編は、表編目、裏編目が基本となる。機械編は、編目の移動、部品の使用などにより、レース模様、編込み模様、引き上げ、すべり目模様や、別素材を織り込んだスレッド編、その他両板機やゴム機によるものなど、さまざまな編地がつくられる。
[河合貴代美]
編むことの起源は、はっきりしていないが、かなり古く、網として狩猟や漁に用いられたようである。ピラミッドの遺品のなかから発見されたレース編はエジプト王朝(前3000~前525)のもので、現存する最古のものと思われる。アフリカ、ヨーロッパ各地で発見されたコプト人の帽子には、りっぱな模様編があり、現在の編物に近い。2本棒針を使用する編物は、13世紀にイタリア、フランスに定着し、14~16世紀にはフィレンツェやパリに編物ギルド(同業組合)が結成され、宗教団体の後援で編物の黄金時代を迎えた。
このころのヨーロッパ各国の編物の特色として、次のような点があげられる。
スペイン バスク地方ではフェルト化したベレー帽。
フランス 美しいレース編の長靴下。
イタリア 金糸銀糸の浮出し模様。
イギリス 芸術的な編物。
オーストリア、ドイツ 縄編や刺しゅう。
オランダ 花や鳥獣の図案の浮出し編。
1589年、イギリスの牧師ウィリアム・リーWilliam Lee(1563―1614)が、ひげ針による足踏式靴下編機を発明、これが最初の編機であり、手編の時代から機械編の時代へ第一歩を踏み出すきっかけとなる。その後、編物機械の改良が行われ、イギリスを中心に発達し、産業革命の要因の一つとなった。19世紀には、イギリスのマッシュー・タウンゼントMatthew Townsend(1817―1879)が、ひげ針より高能率のベラ針を考案し、これによって編物工業は画期的発展を遂げることになる。今日のニット編機のほとんどがこのベラ針を用いていることからもわかるように、意義深い発明であった。一時影を潜めていた手編は、クリミア戦争(1853~1856)のおりに軍需用の帽子、靴下、手袋が女性たちによって編まれ、一般家庭でも、シャツ、ペチコート、ジャケットなどが編まれるようになる。第一次世界大戦により、編物の需要が増大し、編物雑誌なども発行され、下着だけでなく上着までつくるようになる。こうして1930年代には、パリのファッション界にも編物が登場し、目覚ましい発達を遂げた。
[河合貴代美]
16~17世紀キリスト教の伝来とともに、スペインからメリヤス編の手法が渡来し、元禄(げんろく)年間(1688~1704)に長崎でメリヤス製造が行われた。江戸末期には外国人宣教師から技術が伝えられ、明治の初期に、手回し式靴下編機を輸入したのが、日本の機械編の初めといわれている。欧風文化を謳歌(おうか)した鹿鳴館(ろくめいかん)時代に、レース編が入ってきたため、上流社会にジャケットや肩掛けが流行した。
日清(にっしん)・日露戦争では、軍需品として多量のメリヤス製品を必要としたことから、メリヤス産業が急速な発達を遂げた。1923年(大正12)、萩原(はぎわら)まさ(1883―1974)がガータ編器を発明。これをきっかけに、手編機はさまざまな研究が加えられ、現在までに目覚ましい普及をみせた。一方、手編も、主婦や若い女性の間で愛好されている。現在日本の編物は、多種多様の素材、技術の研究、編物出版物の発展、ファッション感覚など、世界の水準を抜く進展ぶりをみせている。1963年(昭和38)11月、財団法人日本編物検定協会が結成され、編物技能検定(毛糸は1~5級、レースは1~3級)が毎年9月に行われている。
[河合貴代美]
ここで世界各地に伝わる伝統的デザインの代表をあげてみる。
(1)ガンジー・セーター イギリス海峡の南西端にあるガンジー島(イギリス領)から生まれたフィッシャーマン・セーター。鉄紺の太めの糸で編まれた単純な模様の筒形セーターで、実利的なデザインの標準。
(2)ジャージー ジャージーは、ガンジー島の隣の島の名。日本では、外衣用編地をジャージーとよぶ傾向にあるが、ジャージーという用語の起源は、この島の糸で編まれたスモック風のメリヤス編セーターであるといわれている。
(3)アラン模様 ガンジー・セーターの流れは、アイルランドの西方にあるアラン諸島に伝わり、重々しく浮彫りされたデザインに発展した。
(4)ロピー・セーター アイスランドのロービングヤーンで編まれた、丸ヨークのセーター。ブラック・シープとよばれる色のついた羊の毛を、手つむぎでわずかに撚(よ)りをかけた極太毛糸がロービングヤーン。ロピーとは、アイスランド語でロービングのこと。
(5)フェアー島の編込み フェアー島はスコットランドの北の島で、はでな毛染め糸を使った多色配色の総編込みが特徴。同じ模様を繰り返さないという。
(6)ノルディックの編込み 編込み模様の流れは、地中海からスペインを通り、デンマークやノルウェーに伝わった。具象的な図案や幾何学模様が多く、形はスモック風の直線形。
(7)カウチン・セーター カナダの南西部に住む狩猟民族カウチン・インディアンの労働着。雷鳥や鹿(しか)、鯨など、大胆な図案が特色。
(8)アーガイルチェック スコットランドの西、アーガイル地方に伝わるタータンチェックを斜めに使ったのが始まり。
[河合貴代美]
編物の素材となる糸は、天然繊維と化学繊維に分けられる。これらの種類や特性を知り、用途に応じて素材を選択する。天然繊維は動物繊維と植物繊維に分けられ、動物繊維には羊毛(ヒツジ)、カシミヤ(ヤギ)、アンゴラ(ウサギ、ヤギ)、キャメル(ラクダ)、アルパカ(ラマ)、絹(カイコ)などがある。羊毛は、比較的軽く保温性、吸湿性に優れ弾力があるので、もっとも多く使われている。植物繊維は木綿、麻、チョマ(ラミー)、ヤシ(椰子)などがあり、他の繊維との混紡もある。伸縮性は羊毛より劣るが、保温性が高く、吸水性も大で、じょうぶである。化学繊維には再生繊維、半合成繊維、合成繊維、無機質繊維があり、レーヨン、キュプラ、アセテート、ナイロン、テトロンなどである。それぞれに特性があるが、いずれも摩擦に強く、速乾性に優れ、虫害を受けない。
手編糸は年々研究され、種類や太さも多種多様の糸が市販されている。一般に毛糸の太さは極細、中細、並太などとよび、太さと撚りによって決められている。糸の太さ、細さを表す単位を番手といい、糸の長さと重さの関係を基準としたものである。毛糸の場合、1グラムの羊毛を1メートルの長さに引き伸ばしたものが1番手、20メートルに引き伸ばしたものは20番手である。20番手の糸を2本撚り合わせたものが極細で、2/20と表す(分母は番手、分子は撚り)。
[河合貴代美]
単糸(たんし)(片撚り糸)は、それぞれの番手の糸1本に下撚りをかけたもの。双糸(そうし)は、単糸を2本引きそろえ、単糸と反対の方向に撚ったもの。極細は、双糸で引きそろえる単糸の本数で、3本なら「みっこ」、またはスリープライ、4本なら「よっこ」、またはフォープライといわれる。
[河合貴代美]
S撚り(右撚り)とZ撚り(左撚り)とに分けられ、単糸がZ撚りならば、双糸はS撚りになる。手編毛糸は、単糸はZ撚りで、2本から4本あわせてS撚りにする。
[河合貴代美]
飾り糸(ファンシーヤーン)ともいい、2本以上の糸を撚り合わせるとき、糸の太さ、撚りの程度、方向、弾力、材質、形態、色など、いろいろ変化させて特徴のある外観をもたせた糸。
[河合貴代美]
編物愛好家が増加するとともに、図書出版物も著しく発展した。それに伴って1955年(昭和30)に編物の表示記号がJIS(ジス)(日本工業規格。2019年より日本産業規格)によって制定、統一された。5年経過ごとに審議され確認、改正、廃止される。
家庭用編機編目は表目| 裏目― かけ目○ 右上2目一度 左上2目一度などと表示し、23種ある。
棒針編のものは22種、かぎ針編は、鎖編目 細編目× 中長編目 長編目と表示し、13種(記号数40)である。
アフガン編では、鎖編目 表編目| もどり編目~ 裏編目― かけ目○と表し、16種ある。
[河合貴代美]
ドライクリーニングするのがよい。家庭で洗濯する場合は、素材の種類を確かめて洗剤を選ぶ。ウールの編物を家庭で洗う場合は以下のようにする。
(1)ぬるま湯に中性洗剤を溶かし、製品を裏返して浸し、軽く押し洗いをする。汚れのひどいところは、その部分に洗剤をつけ、手のひらにのせて汚れをたたき落とす。ぬるま湯を2~3回取り替えて、すすぎの最後に柔軟仕上げ剤を加えるか、酢を5~6滴落とすとふっくらする。
(2)タオルで包んで押し絞りをするか、脱水機で軽く脱水して水気をとり、形を整え、風通しのよいところで、板などの上に置いて陰干しにする。ハンガーや竿(さお)に干すと、水の重みで形くずれする。また、直射日光に当てると毛糸が傷み、白毛糸は黄変するので注意が必要。
(3)アイロンは、よく乾いてから各部分の寸法にあわせて形を整え、繊維や編地によって温度を調節し、蒸気をむらなく当てる。
日常の手入れは、着用後、ほこりをたたき、襟、袖口(そでぐち)、胸元などの汚れはベンジンでふき取る。ときどきアイロンを当てて着ると、形くずれを防ぐことができる。子ども物は、傷みが激しいので、早めにほどいて糸を繰り回すか、糸を足して編み直したほうが経済的である。
なお家庭用編機は、速度が早く編めるので、何枚も編む必要のあるときや、職業用として効率よく便利である。ゴム機(リブ機)、両板機もある。
[河合貴代美]
『菊地正監修『手あみ技法のすべて』(1981・シルバー編物研究会)』▽『河合茂子監修『レース編み絵本』(1981・主婦と生活社)』▽『伊藤英三郎著『ニット総合事典』(1981・チャネラー)』
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