改訂新版 世界大百科事典 「ウパス」の意味・わかりやすい解説
ウパス
upas(tree)
Antiaris toxicaria Lesch.
クワ科の常緑の高木で,ときには樹高50mを超える。幹の根もとには柄板が発達し,樹皮は厚く灰色をしている。互生する葉は長卵形,長さ5~20cmで,2~3cmの葉柄がある。花は雌雄異花,雄花は腋生(えきせい)する花枝の頂端に板状に多数が集まってつき,雌花は短い花柄に1個ずつつく。雌雄同株。果実は液果で,濃い紅色に熟し,内に1個の種子を有する。インドの東部から東南アジアに広く分布し,矢毒の原料として有名である。矢毒は樹皮を傷つけて出る乳液を集めて矢にぬり,乾かして用いる。有毒成分は配糖体のαとβ-アンチアリンantiarinといわれ,ジギタリスと似た作用を有しているが,経口的に摂取してもさほど毒性はなく,傷から直接血液中に入った場合に著しい毒作用がある。樹皮の内皮からは強い繊維が得られ,ロープ,編物,衣類を作るのに利用されている。熱帯アフリカに分布するアンティアリス・アフリカーナA.africana Engl.は生長が速く軟質な材で合板材として注目されている。
執筆者:堀田 満
毒についての伝承
毒のなる木や毒を吐く木に関する伝承は,中世以来旅行者の談話や紀行文を通じてヨーロッパに知られていた。たとえばマンデビルの《東方旅行記》には,ユダヤ人がこの毒を使ってキリスト教徒を皆殺しにしようとした話も語られている。これらはいずれもウパスの誇張された伝承と思われる。毒を吐き散らすこの木の下で眠った人間は生命を落とすと恐れられ,死のシンボルともなったほどである。しかし18世紀に博物学者E.ダーウィンが詩による植物学解説書《植物園》(1789-91)を著し,ウパスの毒を大きく取り上げてからは,この伝承が真実味を帯びてふたたびヨーロッパに広まることになった。その際,新たな情報源になったのは,オランダ東インド会社の外科医N.P.フースによるジャワ産ウパスについての記述であった。当地の死刑囚は,刑の執行を受けるかウパス毒の採取に出るかの二者択一を迫られ,多くは助かる可能性がある後者を選ぶという。しかし無事に採取を終えるには強い風で毒を防ぐしか方法がないため,当日強風が吹くよう親類総出で祈禱したなどの話を紹介したダーウィンは,さらにツンベリーも承認した論文からの引用として,〈ウパス毒がコブラのそれよりも強力であり,この木の周囲には草木一本生じない〉と説き,これを,他のあらゆる毒を打ち消す万能の解毒剤と喧伝した。爾来,ウパスの名は改めて不気味な毒樹の代名詞となり,コールリジをはじめとするイギリス・ロマン派の詩人たちに美的幻想を与えるに至った。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報