植物体の全部あるいは一部に有毒成分を含み,人間や動物がそれを食べたりさわったりすると,中毒や皮膚炎をおこさせる植物。広義にはキノコを含むこともある。有毒植物はまた同時に薬用植物となるものが多い。
食糧の確保という絶対的な必要性から身辺にある有毒植物に対する認識はおそらくは人類の歴史の初めからあったにちがいない。植物毒に対する関心は他の生物毒にくらべてはるかに高く,知識の増加に伴って有毒植物による中毒被害は年々確実に減少しているが,それでもいまだに日本で年間約100件を数える中毒の報告がある。これは薬用植物としても利用可能であるという有毒植物の一面が,にわかな漢方ブームや健康食ブーム,山菜ブームに踊らされて,誤解されたり誤用されたりするためである。山菜とまちがえて中毒する例の多い植物に,次のようなものがある。山林に自生するハシリドコロ(ナス科)の根はロート根といい,鎮痛,鎮痙に用いられるが,全草にアトロピン系のアルカロイドを含んでいて猛毒である。芽生えを山菜とまちがえてたべたりすれば,その名の通りに走りまわって止まるところを知らずついには死に至る。トリカブトの根も漢方薬として用いられるが,用量の調節が難しく,量を過ごせば生命を落とすことになる。ニリンソウとの誤食によって中毒をおこすこともある。
有毒植物には大別して摂取して中毒をおこすものと接触によって皮膚炎をおこすものとがあり,前者はまた急性的に消化器系,肝臓,腎臓,心臓や神経系をおかすもの,さらには慢性的に作用して発癌性を示すものなどに分けられ,後者は物理的にこすれたりとげがささったりするものと,アレルギーによって皮膚炎をおこすものとに分けられる。
これには心臓,神経系に作用する有毒植物の致死毒性が特に強いものがある。例えば,ジギタリスにはジギトキシンなどのステロイド配糖体が含まれており,心筋の収縮力を強めるとともに利尿作用をあらわし,昔から薬用とされた。しかし用量安全域がせまく,副作用として食欲不振,悪心,嘔吐をさそい,多量に使用すれば心臓停止による死を招く。キンポウゲ科のフクジュソウ,クリスマスローズ,キョウチクトウ科のキョウチクトウ,ストロファンツス,ユリ科のオモト,カイソウ,スズランなどにも同様の成分が存在する。ストロファンツスはアフリカの原住民によって,矢毒として利用されていた。矢毒としては南半球ではクラーレ(ツヅラフジ科やフジウツギ科植物から得た毒)やクワ科のウパスも用いられ,北半球ではトリカブト根が用いられた。トリカブトは有毒成分のアコニチンが3~5mgで中枢神経を麻痺させ,呼吸困難,心臓麻痺によって人を死亡させるといわれる猛毒だが,加熱処理などによって毒力を軽減させ重要な医薬として漢方で用いられた。神経を犯す有毒植物は種類も多く,ケシから得られるアヘン,コカ葉,サボテンの一種ウバタマあるいはインド大麻などは,いずれも中枢神経に作用して連想を飛躍させたり幻覚をさそったりする成分を含有する。そのため昔から宗教儀式に用いられた形跡がある。ナス科のチョウセンアサガオ,ハシリドコロなどはスコポラミンやヒヨスチアミン(アトロピン)などのアルカロイド成分が副交感神経の働きを抑え,大量では中枢を麻痺させるので瞳孔の散大,口渇,腹痛をおこしついには狂騒の果てに痙攣を生じ心臓麻痺による死を招く。世界にさきがけて全身麻酔を行った華岡青洲の通仙散には,チョウセンアサガオの葉が用いられた。麻痺性有毒植物としては,ツツジ科のアセビ,レンゲツツジ,ハナヒリノキなどが酩酊状態を招き手足がしびれ呼吸麻痺で死にいたる中毒をおこす。ギリシアの歴史家クセノフォンの記録には,兵士たちがツツジ科植物に由来する蜂蜜をなめて狂乱しある者は死んだ,と書かれている。アセビを馬酔木と書くのも葉をたべたウマが酔ったようになるからで,ともに中枢神経を興奮の後に麻痺させるグラヤノトキシンを含むためである。ドクニンジンも中枢および運動神経末梢を麻痺させる成分コニインを含有し,ソクラテス処刑に用いられた。プラトンは著書《ファイドン》にソクラテスの手足が冷えやがて心臓が麻痺して死にいたる情景を描写している。シキミに含まれるアニサチン,6月ころに紅紫色の美しい実をつけるドクウツギに含まれるコリアミルチンは,ともに中枢神経を興奮させはげしい痙攣をさそい呼吸困難による死を招く。ドクゼリに含まれるシクトキシンも同様の作用を発揮する。バラ科のアンズ,ウメ,モモなどの種子はアミグダリン,マメ科のライマメ,イネ科植物などはリナマリンなどの青酸配糖体を含有し,腸内細菌の働きで青酸を遊離する結果,チトクロム酸化酵素の活性を阻害し呼吸を止めてしまう。
以上のような有毒植物に対しワラビのプタキロサイドやソテツのサイカシンなどにはいずれも,長期の摂取による発癌性が認められている。ヒガンバナなどリコリンやシュウ酸を含む植物と同様に,水にさらせば無毒化する。カラシナなどアブラナ科の植物は体内でゴイトリンを形成し,甲状腺でのヨウ素の取込みを阻害して甲状腺腫多発の原因となる。こうした例や発芽によってソラニンを形成して有毒化するジャガイモの例を含めると,有毒植物の種類と範囲は複雑かつ広範となるが,社会の形態や食性の変化によって有毒植物の認識は変化する。
接触によって皮膚炎をおこす植物も多い。毛やとげ,針が機械的な刺激を与える例として,コンフリーの葉,ムギの穂,イラクサ,サボテン,バラのとげなどがある。イラクサは折れて皮膚内に残った刺毛からアセチルコリンやヒスタミンが放出されるため,はれやかゆみをひきおこす。ヤマノイモ,サトイモ,カラスビシャク,マムシグサなどの根茎にはシュウ酸カルシウムの鋭くとがった針状結晶が存在し,皮膚を刺激し炎症をおこす。コンニャク,キーウィフルーツでも同じ現象がみられるが,原因をシュウ酸カルシウムだけとする説には疑問がある。ウルシ,ハゼノキ,ヌルデ,マンゴーなどウルシ科植物による強いアレルギー性皮膚炎の原因は含有成分のウルシオールにある。イチョウの果肉(種皮)や葉に含まれるギンゴール酸も皮膚炎をおこす。花の美しいプリムラ類による皮膚炎の原因は,葉の腺毛に含まれるプリミンによるものである。パパイア,パイナップル,イチジクなどの乳液によるかぶれは,タンパク質分解酵素による刺激のためとされている。変わった作用物質としては,クワ科のイチジク,セリ科のセロリ,パセリ,ミカン科のライム,レモン,ベルガモットなどに含まれるフロクマリン類が過食や皮膚への付着によって紫外線に対する光過敏症をおこし,火傷のような症状を示すことが知られている。最近では,春さきのスギ,ブタクサなどの花粉によるアレルギー性鼻炎の発生も注目されている。
執筆者:山崎 幹夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
植物の一部または全体に有毒な成分を含む植物をいい、草本植物の場合は、毒草ともいう。有毒植物は古くから人類に知られ、矢毒のほか、死刑執行、毒殺などにも利用されてきた。キンポウゲ科のトリカブトは全草有毒であるが、とくに種子と根の毒性が強く、アイヌはこれを捕鯨や熊(くま)狩りの矢毒とした。また、死刑の宣告を受けたギリシアの哲学者ソクラテスは、セリ科のドクニンジンの煮汁を飲んで死んだといわれている。日本には近縁種のドクゼリが野生するが、早春になるとこれをセリと間違えて食し、死亡することもある。マメ科の牧草であるシロツメクサの若芽、ミヤコグサなどには青酸配糖体が含まれており、これを飼料とした家畜が倒れる例もある。青ウメなどを生食すると、含有成分が胃酸で加水分解され、胃の中に青酸を生じるため人体に有毒となるが、塩漬けなどの加工をすると、有毒成分はほとんど失われてしまうので中毒の心配はない。経口的な有毒植物がもつ有毒成分の多くはアルカロイド(トリカブト、タバコなど)や配糖体(キョウチクトウ、ウメ、アセビなど)で、強い苦味があるが、ドクウツギの有毒成分のように苦味のないものもある。有毒植物にはこのほかに接触によってかぶれたり、皮膚炎をおこすものがある。イラクサ類では全草を覆う刺毛にギ酸などを含んでいるし、ウルシ類の樹皮からはフェノール性化合物が分泌される。これらは、いずれもかぶれの原因となる有毒成分である。風媒花のマツやスギの花粉は、アレルギー体質の人にとっては、やはり有毒植物である。
日本に野生する有毒植物は、猛毒から微毒のものまで含めると約200種あり、毎年数百人の中毒事故が記録される。しかし、有毒植物の多くは、適量を用いれば、かえって人体にとって薬効を示すものであり、この観点からすれば、有毒植物と薬用植物との区別はつけにくいといえる。最後に、中毒症状例と、原因となるおもな植物名をあげる。めまい(ドクゼリ、ドクムギ)、けいれん(ドクウツギ、ドクゼリ、トリカブト)、全身麻痺(まひ)(ケシ、トリカブト)、呼吸麻痺(ケシ科、トリカブト、ヒガンバナ、トウゴマ)、精神錯乱(チョウセンアサガオ、トウダイグサ科)。
[杉山明子]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…したがって薬用植物とは人間および動物に対して,特殊な生理作用を有する植物ということもできる。少量で人間や動物を死なせたり,あるいは損傷するものを特に有毒植物というが,それは使い方によっては薬物となる可能性のあるものである。しかし薬用植物とそうでない一般の植物の境界は明らかでない。…
… 植物には人間の神経系に作用し,幻覚などの陶酔麻薬作用を有するものが多数あり,その作用の軽いものはタバコ(ニコチン)やコーヒー(カフェイン)のような飲用や吸引による利用が広く行われている。薬用植物
[有毒植物]
薬用植物と有毒植物とは,多くの場合明確に区別しがたいものである。誤って食べると有毒な植物は多いが,そのような種であっても毒抜きをして食用にしたり(ヒガンバナ),あるいは少量を使用して薬用にする(トリカブト)例は多い。…
※「有毒植物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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