エキモフ(読み)えきもふ(その他表記)Alexey I. Ekimov

日本大百科全書(ニッポニカ) 「エキモフ」の意味・わかりやすい解説

エキモフ
えきもふ
Alexey I. Ekimov
(1945― )

ロシアの固体物理学者。アメリカ在住。ソ連レニングラード(現在のサンクト・ぺテルブルク)出身。1967年レニングラード大学卒業。1974年ロシア科学アカデミーのヨッフェ物理学技術研究所から博士号を取得し、1977年からバビロフ国立光学研究所の主席研究員などを歴任。1999年からアメリカ・ニューヨーク州にある民間会社ナノクリスタルズ・テクノロジーNanocrystals Technology社の科学者として研究に取り組む。

 カラフルなガラスをつくる技術は、古くから職人らの経験をもとに培われていた。同じ物質を混ぜ込んでも発色が異なるなど、その原理は長い間、謎(なぞ)だった。1930年代、物質の直径を数ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)のサイズまで小さくすると、電子が閉じ込められ、物質の特性が大きく変わる「量子効果」がおこることが予測されていた。この小さな半導体の性質をもった物質は、「ナノ粒子」(のちに量子ドット)とよばれ、発色にかかわっていると予測されたが、その存在を証明する技術はなかった。

 1980年代初め、ソ連で光学の研究を進めていたエキモフは、ガラスに同じ量の塩化銅を添加して、作成条件を変えるとさまざまな色に発色することを発見した。ガラスの中に生じる塩化銅粒子の粒径が大きくなると赤み、小さくなると青みが強くなっていることを確認。この成果は、1981年にソ連の学術誌に発表されたが、東西冷戦時代で西側の科学者にすぐに知られることはなかった。

 ちょうど同じころ、アメリカのベル研究所にいたルイス・ブルースは、溶液の中で、硫化カドミウム結晶を作成中に、ナノメートルサイズまで粒径を小さくすると溶液の青みが強くなることを、エキモフとは別に、独自で発見。1983年にその成果を発表し、条件によって電気的挙動が異なる半導体の性質をもつこのナノ粒子を、「量子ドット」と名づけた。ブルースは、翌1984年にエキモフの論文翻訳を読むまで、エキモフの成果をまったく知らなかった。

 1980年代後半になると、ブルースの研究室にムンジ・バウェンディが加わり、溶液の温度管理を調節することで粒のそろった量子ドットを安定的に製造する技術を確立した。

 3氏の発見・合成により量子ドットを大量に製造できるようになったことで、高性能液晶ディスプレー、薄型で安価な太陽電池、体内の物質動態をとらえる蛍光マーカーなど幅広い技術、製品の開発などに利用が広がっている。

 エキモフは、1975年ソビエト連邦国家科学工学賞、2006年フンボルト賞、R・W・ウッド賞を受賞。2023年に「量子ドットの発見と合成」の業績で、バウェンディ、ブルースとともにノーベル化学賞を受賞した。

[玉村 治 2024年2月16日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「エキモフ」の意味・わかりやすい解説

エキモフ
Ekimov, Alexei

[生]1945.2.28. ソビエト連邦,レニングラード(現サンクトペテルブルグ)
アレクセイ・エキモフ。ソビエト連邦(現ロシア)生まれの物理学者。「量子ドットの発見と合成」に関する研究で,アメリカ合衆国の物理化学者ルイス・ブラスとフランス生まれの化学者ムンジ・バウェンディとともに 2023年のノーベル化学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
1967年にレニングラード大学(現サンクトペテルブルグ大学)で物理学の学士号を取得。1974年に同じくレニングラード(現サンクトペテルブルグ)にあるロシア科学アカデミーのヨッフェ物理学技術研究所で物理学の博士号を取得。その後,レニングラードの S.I.バビロフ国立光学研究所で博士研究員となった。1999年以降,アメリカ企業ナノクリスタルズ・テクノロジーの主任科学者。
量子ドット QDとは,ナノメートル(記号 nm。1nmは 1mの 10億分の1)サイズの非常に小さな半導体の微粒子のことで,その最大の特徴は粒子の色が組成ではなくサイズによって異なる点である。物質をナノサイズに閉じ込めると,量子論の効果によってその光学的な性質が大きく変化することは 1930年代から予言されていた。エキモフは 1970年代後半,銅やクロムなどの金属酸化物をガラスに混入することで着色されるステンドガラスに興味をもち,ガラスに塩化銅 CuClを加える研究を重ね,ガラスの中の約 2~30nmの小さな塩化銅の結晶の大きさが温度とガラスの製造過程の長さによって異なることを発見した。さらに塩化銅の粒子が小さいほど青い色を吸収することがわかり,これが世界で初めて確認された量子ドットとなった。エキモフと共同研究者がソ連の論文誌に研究成果を発表したのは 1981年で,東西冷戦当時,その情報がアメリカをはじめ西側に伝わることはなかった。量子ドットの研究はその後飛躍的に進歩し,QLED(量子ドット発光ダイオード)スクリーン,太陽電池,医療用マーカーなど,さまざまな分野での応用につながった。
1975年半導体の電子スピン方向に関する研究でソ連国家賞,2006年アメリカ光学会の R.W.ウッド賞(ブラスおよびロシアのアレクサンドル・エフロスと共同受賞)受賞。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

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