日本大百科全書(ニッポニカ) 「カブトガニ」の意味・わかりやすい解説
カブトガニ
かぶとがに / 兜蟹
鱟魚
horseshoe crab
king crab
[学] Tachypleus tridentatus
節足動物門節口(せっこう)綱剣尾(けんび)目カブトガニ科に属する海産動物。瀬戸内海、九州北岸、台湾、東シナ海沿岸、また東南アジア海域に広く分布する。1928年(昭和3)に岡山県笠岡(かさおか)市の生江浜(おえはま)が繁殖地として国の天然記念物に指定されたが、干拓事業で埋め立てられたため、現在では近くの神島水道も追加指定をして保護している。
カブトガニ類(剣尾類)は、中生代ジュラ紀以降ほとんど形を変えずに今日に至っており、「生きている化石」といわれる。系統的にはクモ形類に近い。現生種はカブトガニのほかに、東南アジアから、ミナミカブトガニT. gigasとマルオカブトガニT. rotundicaudaの2種、北アメリカ南東岸から属の異なるアメリカカブトガニLimulus polyphemusが1種、計4種が知られ、いずれも形態的によく似ており、総称的にカブトガニとよばれる。4種のなかでは、アメリカカブトガニに古い形質がもっともよく残されている。
[武田正倫・山崎柄根]
形態
カブトガニは、背面からみると、ほぼ半円形の前体と五角形に近い後体、それに続く細長い尾剣からなる。前体はしばしば頭胸部に、また後体は腹部と同義によばれるが、正確には、前体には腹部の一部が含まれているために同義に扱えない。前体はヘルメット状に盛り上がり、左右側方にそれぞれ1個の大きな側眼(複眼)があり、また前端近くには1対の小さな正中眼(単眼)がある。後体の側縁には可動の棘(とげ)が6本ある。前体の腹面には7対の付属脚(きゃく)があり、7対目のものを除き、いずれも先端がはさみになっている。これらの付属肢のうち、最初の1対は摂食用、続く2対目から6対目までは歩行用であるが、基部は食物そしゃく器となっている。6対目の脚(あし)の末端近くにへら状器とよばれる4枚の板があり、泥土上を歩くのに役だつ。7対目の付属肢は腹部の脚で1節のみからなるが、下唇(かしん)の役割をもっている。後体の付属肢は6対あり、いずれも団扇(うちわ)状。第1対目は蓋板(がいばん)とよばれ、後面に生殖門がある。2~6対の裏面にはそれぞれ150~200枚のセロファンを重ねたような鰓書(さいしょ)とよばれる呼吸器官がある。成体の雌は全長60~70センチメートルであるが、雄はやや小さい。雌雄の形態的違いとして、前体の前縁が雌では完縁であるが、雄では前側方にくぼみがあること、後体側縁の棘が雄では6対とも長いのに対し、雌では後3対が短いこと、前体の歩行肢の前2対が雄では先端が鉤(かぎ)づめの把握器となっていることがあげられるが、これらの特徴は、雄が雌の背後方に重なるようにして交尾する習性への適応である。
[武田正倫・山崎柄根]
生態
成体は、秋冬の間はやや深みの泥底におり、海底にすむ二枚貝やゴカイ類などを食べて生活している。5月下旬ごろ浅海に移動してきて、7月中旬から8月下旬の大潮の前後に産卵する。入り江の奥の砂泥地に、雌が15センチメートルくらいの深さに穴を掘って500個ほどの卵を産み、雄が後方から精子をかけ、砂で卵を埋める。場所を変えて数回産卵して海へ戻るが、卵は50~60日で、尾剣が後体からわずかに突出する程度の三葉虫型幼生で孵化(ふか)する。幼生はその場で越冬し、翌春に脱皮して小さな尾剣をもった2齢幼生となる。その年内にもう一度、次の年に二度、以後毎年1回ずつ脱皮して十数年で成体になると考えられる。
かつては肥料にされるほど多く生息していたが、近年埋立てや環境汚染のため、生息地の環境が悪化しており、絶滅の危機にある。
なお、北アメリカ産や日本産のカブトガニの血球内顆粒(かりゅう)抽出液は、菌体内毒素(エンドトキシン)に接するとゲル化するので、検出法の一つとして使われている。
[武田正倫・山崎柄根]
『笠岡市教育委員会編『カブトガニの研究報告書』1~3(1980~1983・カブトガニ保護センター)』▽『関口晃一編『カブトガニの生物学』(1984・サイエンスハウス)』