日本大百科全書(ニッポニカ) 「エツ」の意味・わかりやすい解説
エツ
えつ
Japanese tapertail anchovy
[学] Coilia nasus
硬骨魚綱ニシン目カタクチイワシ科に属する海水魚。南日本、朝鮮半島、東シナ海に分布し、日本では九州の有明(ありあけ)海の湾奥部と、これに注ぐ河川の下流部に生息する。体は著しく側扁(そくへん)し、尾部は細長く、全長20~30センチメートルになる。外形はアシの葉に似ており、朝鮮半島では「葦魚」、中国では「刀魚」と書く。体の腹縁は鋭く、ここに稜鱗(りょうりん)を備え、このほかの部位の鱗(うろこ)は大形の円鱗で、剥(は)がれやすく、上あごの前骨は長くて鰓蓋(さいがい)の後方に達している。体の背側は暗青色、側面および腹面は銀白色である。成魚は6~7月ごろに主として九州の筑後(ちくご)川を遡上(そじょう)し、河口から約15キロメートル上流の城島(じょうじま)付近を中心に産卵が行われる。卵は直径1ミリメートルぐらいで、川底に沈下する。しかし、粘着力がないので潮の干満の影響を受け、川の流れとともに上げ下げを繰り返し、すこしずつ川を下りながら孵化(ふか)する。成魚の漁獲はこの地方の風物詩で、流し網や刺網でとる。これが季節の魚として賞味される筑後川名物のエツ料理で、てんぷら、塩焼き、煮つけ、刺身などにされ美味である。筑後川の産地には、弘法(こうぼう)大師が諸国行脚(あんぎゃ)の途中、川を渡れずに困っていたとき、親切な漁師に助けられ、そのお礼に、岸辺のアシをむしって川に投げたらエツに変身したという伝説が残っている。
[浅見忠彦]