エンカウスティク(その他表記)encaustic

翻訳|encaustic

改訂新版 世界大百科事典 「エンカウスティク」の意味・わかりやすい解説

エンカウスティク
encaustic

溶かした蜜蠟と各種の顔料を混合した絵具で描く,古代ギリシア・ローマ時代の最も代表的な絵画技法の一つ。古代ギリシア語のエンカイエイン(焼きつける)から派生した言葉であるが,ラテン語を経て今日に定着した。壁画石柱彩色木箱や儀仗用武具,船体の装飾などに利用され,地中海地域一帯でかなり普及したらしい。エジプトファイユーム地方で出土したプトレマイオス朝時代の棺の蓋に描かれた死者の肖像は,代表的作例として知られている。技法の詳細はわかっていないが,古い記述を総合してみると,熱したコールタールをつめた容器の上に鉄または銀板のパレットを置き,この上で温めて溶かした絵具をセストルムと呼ぶブロンズのへらで,予熱しておいた大理石象牙の面へ塗ったものらしい。板に描くときは助手がふいご熱風を送りながら制作したと考えられている。木棺装飾ではこて刷毛のあとが残っているが,多くの場合,彩色後に画面を軽く温め,乾いた麻布でからぶきして磨きあげた。なおウィトルウィウスの《建築十書》にはモルタル壁に朱で彩色(フレスコ)したときは,仕上げに蜜蠟と油の混合物を塗って,炭火を入れた鉄器表面を温めて乾布で磨く方法が出てくる。エンカウスティクの類似技法である。

 エンカウスティクの絵具には若干の天然樹脂が加えてあったが樹脂の種類は不明である。この古代技法の実情はまだ不詳部分が多く,今日エンカウスティク技法とされているものの多くは,18世紀以後に推定創案された〈蠟画〉の技法である。

 蠟画は,17世紀末から始まったポンペイ遺跡の発掘で,古代壁画に魅せられたケーリュスCayrus侯とマジョーM.J.Majaultがエンカウスティクの技法を再現しようとさまざまな実験を重ねて創り出した復元技法である。方法を公表した1755年以来,半世紀にわたってフランスを中心にかなり流行した。蜜蠟に顔料を加えて溶融したものをいったん冷却し,次にこれを温水に入れて水が冷えるまで手早く攪拌すると,着色した蠟の粉ができる。この着色蠟の粉末に,よくふるいにかけた石灰粉を加え,水で練って絵具とする。アラビアゴム液のみで練ってもよい。あらかじめ表面に蜜蠟を塗布しておいたベニヤ板の上に,絵具で彩色する。扱い方は水性絵具と同様である。仕上がったら,絵を平らに置いて,炭火を入れた〈火のし〉か熱したこてを当てて,蠟を熱融し定着させる。後年,蜜蠟とテレビン油をクリーム状に加工して顔料を練り,油絵風の蠟画を作る改良処方も考案され,普及した。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「エンカウスティク」の意味・わかりやすい解説

エンカウスティク
encaustic painting

絵画用語。古代ギリシア・ローマの絵画技法。ろう画,焼付画。熱した銅あるいは銀板のパレットを用い,少量の樹脂を混入した蜜ろうで顔料を溶き,木板あるいは大理石に描く。描き終ったのち,焼きごての輻射熱を利用して表面を溶かし,なめらかな表層を形成し絵具を定着させる技法。中世になってこの技法は忘れられたが 17世紀に復活した。例としてはエジプトのファイユームの肖像が知られている。

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