エンケ
えんけ
Johann Franz Encke
(1791―1865)
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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エンケ
Johann Franz Encke
生没年:1791-1865
ドイツの天文学者。1811年ゲッティンゲン大学に入学し,C.F.ガウスに師事した。16年ガウスの推薦でゼーベルク天文台に職を得,22年に同天文台長になった。さらに25年にベルリン天文台長に就任し,以後約40年間その職にあって同天文台の拡充に尽力し,30年から《ベルリン天文年鑑》の編集,刊行に携わった。
エンケは計算に熟練し,1818年にフランスのJ.L.ポンスが発見したすい星の軌道をガウスの厳密な方法で計算し,周期3.3年の楕円軌道を決定した。そして1786年,95年,1805年に出現したすい星と同一であることを見いだし,次回22年の出現を予報した。この予報は的中し,このすい星はエンケすい星と呼ばれている。1761年,69年の金星の太陽面通過の観測データを整約した太陽視差8.″57の決定,そしてベルリン科学アカデミー星図の刊行も著名な業績である。《数学・天文学論文全集》3巻(1888-89)がある。
執筆者:堀 源一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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エンケ
Encke, Johann Franz
[生]1791.9.23. ハンブルク
[没]1865.8.26. シュパンダウ
ドイツの天文学者。ゲッティンゲン大学卒業後,同大学で C.ガウスの助手。スイスのゼーベルク天文台台長 (1822) 。ベルリン大学天文学教授および同大学天文台台長 (25) 。 1786,95,1805,18年に出現した彗星が,同一の彗星 (エンケ彗星) であることを証明 (19) 。またエンケの間隙を発見。ほかに金星の子午線通過の観測 (61~69) から太陽視差の正確な値を導き出した。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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エンケ
ドイツの天文学者。ゲッティンゲン大学でガウスに学び,1825年―1863年ベルリン天文台長。エンケすい星の軌道を計算し,天文暦の改良,小惑星の軌道決定に貢献した。
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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エンケ
ドイツのピアニスト、作曲家、教育者。フンメルに師事する。
出典 (社)全日本ピアノ指導者協会ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)について 情報
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世界大百科事典(旧版)内のエンケの言及
【彗星】より
…このすい星は,ハリーすい星と命名され,1835年,1910年に再来,次回出現は86年で,出現が予知できる唯一の大すい星である。 1818年11月,フランスのJ.L.ポンスが発見した小すい星の軌道をドイツのJ.F.エンケが計算したところ,周期が約3.3年の楕円軌道が求められ,1786年,95年,1805年に出現した小すい星と同じであることがわかり,短周期すい星の存在が初めて知られた。このすい星はエンケすい星と呼ばれている。…
※「エンケ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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