家庭医学館 の解説
がんかんじゃさんのけあときゅーおーえるくおりてぃおぶらいふせいかつのしつ【がん患者さんのケアとQOL(クォリティ・オブ・ライフ、生活の質)】
◎がん患者さんのQOL(クォリティ・オブ・ライフ、生活の質)と緩和ケア
◎ターミナルケアとホスピス
◎がん告知
●告知の考え方と問題点
以前まで、日本では、がんの告知をするべきでないとされていました。それは、患者さんに精神的ショックを与え、かえって命を縮めることになるという理由からです。
近年、がん治療の進歩にともない、がんも治る確率が高くなり、一般の人々のがんに対する知識が普及し、また、患者さんの知る権利や治療法を選択する権利が求められるようになって、がんを告知する重要性が理解されるようになってきました。
日本の、がん告知に関するいくつかのアンケート調査によると、約3分の2の人が自分ががんになったら知らせてほしいと答えています。また、国立がんセンター中央病院などのがん専門病院のアンケート調査では、初診患者の90%以上の人が、病名告知を希望しているという結果が出ています。
ただ、家族ががんになったら告げるという人はまだ多くはなく、現実には、医師も家族の了解を得たうえで告知するなど、日本でのがん告知に対する社会的通念は、揺れ動いているのが実情です。
●告知したほうがよい理由
がんであると知ることによって、患者さんは、以後の闘病計画を立て、人生設計を考え直すことができます。
治療する医師側も、手術、放射線療法、抗がん剤など、がん治療についての知識が一般の人に広まってきた現在、手術や副作用の強い抗がん剤の使用が必要なときなど、すぐに気づかれてしまうような、うその説明をしなくてすみます。そして、医師と患者さんの双方が信頼し合うことによって、納得する正しい治療法を選ぶことができます。
また、余命が少ないと知った末期がんの患者さんは、残された時間をはかりながら社会ではたすべき責任を全うし、家族と触れ合う時間をたいせつにして過ごすこともできます。
もし真実を知らされなければ、疑心暗鬼(ぎしんあんき)のまま、周囲と心が通わず孤立し、医療への不信と絶望のうちに苦しいときを過ごす以外、道がなくなるのです。
●告知の条件と告知後のケア
ただし、がんの告知をすることが、すべての場合によいとはいえません。本人が告げてほしいといっているのに、家族が拒否するのでは困りますが、知りたくない人にむりやり告げる必要はありません。患者さん個人の意思を尊重することがたいせつです。
まず、医師側と患者さん側の間で、インフォームド・コンセントが正しく行なわれていることがたいせつです。
インフォームド・コンセント(説明と同意)とは、医師が病気についてよく説明し、それを患者さんが理解し納得したうえで、検査や治療を受けることに同意するという意味で、両者の信頼関係を保つための医療の基本というべきものです。
告知の前提条件として、一般につぎのようなことがあげられています。
①告知の目的がはっきりしていること
十分な治療を受けてもらうためか、落ちつかない患者さんの精神安定をはかるためか、無用な肉体的苦痛を除くためか、残された時間を人間らしく過ごさせるためかなど、患者さんにとっての利点や必要性を見きわめ、告知をすべきかどうかを決定すべきです。
②患者さんと家族に受容力があること
性格的に弱かったり不安な心理状態にある場合などは、告知をしっかり受けとめる力がなく、かえって精神的ダメージが大きくなります。告知には患者さんが真実を知りたいと心から願う態度がみられるときを選び、家族もともに痛みを分かち合い、協力して闘病する気持ちをもつことがたいせつです。
③患者さん・家族と医師・看護師との関係がよいこと
両者の間にインフォームド・コンセントに基づくよい信頼関係がなければ、告知を受け入れたうえでの正しい治療を行なうことができません。
④告知後の精神的なケアができること
告知と病状説明は医師が行ないますが、その場に患者さんの望む家族が同席することが望まれます。その日は、家族が一晩付き添うようにしましょう。
患者さんを支える中心的な役割をはたすのは家族です。家族全員が告知の目的と告知後の支援のしかたに統一した意識をもつことが必要です。家族の対応がばらばらだと、患者さんの不安をいっそうかきたてることになります。
患者さんにとって、精神的にとくにつらい時期は、告知の直後、手術のとき、治療による副作用が激しいとき、治療の結果がよくなかったり治療を断念すべき結果が出たとき、がんの再発が発見されたとき、痛みがひどいときなどです。このようなときに、家族が心を配り、支えてあげることが必要です。
また、告知後の支援態勢には、医師や看護師のほか、患者さんによっては、友人、会社の上司や同僚、カウンセラー、宗教家などの参加も必要でしょう。
ただし、過保護や哀れみの態度は慎(つつし)みましょう。患者さんが望むのは、同情ではなく、人間として尊重され、ふつうの生活を送ることでしょうから。
◎がん患者さんのQOL(クォリティ・オブ・ライフ、生活の質)と緩和ケア
最近、医療とくにがん治療に関して、クオリティ・オブ・ライフ(Quality Of Life、略してQOL)という考え方が提唱されています。QOLは「生活の質」「生命の質」などと訳され、患者さんの身体的な苦痛を取り除くだけでなく、精神的、社会的活動を含めた総合的な活力、生きがい、満足度を高めようという意味があります。
●QOLを維持する治療法の選択
手術後の機能障害や苦痛を和らげ、日常生活のQOLを維持するために、適切な手術方式が慎重に検討されます。治療成績が同じなら、縮小手術や機能温存手術が選ばれます。がん病巣のある器官・臓器の摘出術(てきしゅつじゅつ)が行なわれた場合でも、可能なかぎり、失われた機能の再建(さいけん)手術が行なわれます。
激しい副作用が予測される化学療法には、抗がん剤の投与法を検討したり、副作用を抑える薬剤が使われます。
●がんの症状の対策
がんが進行するにつれて、食欲不振、嘔吐(おうと)、下痢(げり)、出血、貧血、呼吸困難、むくみ、痛みなど、いろいろな症状が現われますが、輸血、輸液(ゆえき)、投薬その他の対症療法によって、患者さんの肉体的、精神的不安が取り除かれます。
がん患者さんには共通して低栄養がみられるので、栄養管理が重要です。胸から管を挿入して高カロリー輸液を補給する方法などが行なわれます。
また、胃の摘出後には、食事の摂取量の減少や吸収障害、ダンピング症候群(胃手術後障害(胃手術後遺症)の「ダンピング症候群」)、食道炎、貧血などがみられますが、食事のとり方の指導や投薬などによって、回復がはかられます。
●がんの痛みの緩和
進行がん、末期がんの6~7割の人が痛みを訴えるといわれます。がんの痛みは患者さんをもっとも苦しめる症状であり、精神面からも患者さんの尊厳(そんげん)性を損なうほどの脅威(きょうい)となります。
現在は、WHO(世界保健機関)が1986年に公表した疼痛治療法(とうつうちりょうほう)が普及し、がんの痛みからの解放は、確実に可能になりました。この方法は、軽度から中等度、強度の痛みへと進んでいく症状に合わせて、段階的に効力の異なる鎮痛薬を経口で与えていくものです (表「痛みの強さ(あるいは効き方)によって選ぶ鎮痛薬の順序」)。
鎮痛薬の主役はモルヒネですが、長期間投与しても薬物への依存性が現われるようなことはありません。鎮痛薬だけでは効果が不十分な場合には、ステロイド薬(副腎皮質ホルモン薬)や抗うつ薬などの鎮痛補助剤を使うこともあります。
このWHO方式は、日本ではまだ行なわれていない施設もありますが、確実かつ安全な治療法であることが認識され、採用する医師は急増しています。
◎ターミナルケアとホスピス
●ターミナルケアのめざすもの
末期がんで死を間近にした患者さんに対して、できるかぎりの医療上の支援をめざすのが、ターミナルケア(終末期(しゅうまつき)医療)です。
ターミナルケアは、「延命(えんめい)」「苦痛の緩和」「望ましい死への援助」の3つからなっています。がんの治癒(ちゆ)を目的とするのではなく、苦痛となる症状を解消させる治療と、患者さんの心理面を中心にしたケアが主になります。結果的に延命できれば理想的です。
死に直面した不安、恐怖、孤独感などの精神的な苦痛や、家族、職業、経済のことなどで悩む社会的苦痛を除き、平安な気持ちで死を迎える準備ができるように、精神科医、心理学者、宗教家、ソーシャルワーカー、看護師などの専門家が加わって、解決の方向を見出す支援がなされます。
がん疼痛(とうつう)をはじめ、呼吸困難、不眠、食欲不振、全身倦怠(けんたい)などの肉体的な苦痛に対しては、症状をコントロールして、残された時間を、最期まで有意義に、尊厳を保って生きられるように、患者さんのQOLを維持する努力が払われます。
●ホスピスの意味と活動
治る見込みのない末期がんの患者さんたちの生を支えるために、チームを組んでターミナルケアを専門的に行なう施設を、ホスピスといいます。
ホスピスは、ただ特定の建物・施設を指すのではなく、終末期医療の場で、最後の瞬間まで心の平安と人間的な尊厳を保ちながら、患者さんにとっての価値ある人生を生き抜くための場所であり、理念であるともとらえられるべきでしょう。
これに加わる専門家チームのケアの対象は、患者さんだけでなく、家族や遺族に対する精神的な支えや援助も含まれます。ホスピスは、単に死を待つところではなく、生の終わりを全うするために、全人的医療、全人的ケアのもとに過ごすところなのです。
日本でもホスピスとしての具体的な活動を行なう施設が徐々に増えています。厚労省では、一定の水準以上の設備やスタッフをもつ施設を緩和ケア病棟(びょうとう)として承認し、健康保険も適用されるようになっています。
現在、国立がんセンター東病院をはじめとして、全国で約110の施設が承認されていますが、そのほかにも末期がんの患者さんの緩和ケアを行なっている施設はいくつかあり、今後さらに、緩和ケア病棟を設立する動きは高まってくるものと思われます。