翻訳|killer
ある生物が同じ種の別の個体を特異的に殺す現象は,最初ゾウリムシで,その後パン酵母でも発見された。これをキラー現象といい,殺すほうをキラー,殺されるほうをセンシティブsensitiveと呼ぶ。殺しはしないが殺されもしない個体も存在しニュートラルneutralと呼ばれる。
パンコウボのキラーはタンパク質性のキラー毒素(25℃以上で活性を失い,pH4.2~4.6以外では活性がない)を産生し,この毒素がセンシティブに作用するのである。つまりキラーは毒素に対して耐性であるがセンシティブは感受性ということになる。ニュートラルはキラー毒素を産生しないが耐性を持つ個体である。表に毒素産生と耐性の組合せと表現型との関係を示してあるが,その中のシューサイドsuicideというのは,センシティブのうち毒素を産生するもので,その個体は自身が産生した毒素で殺されるので通常は生存しない。毒素を産生せず耐性もないセンシティブは純粋培養すれば生存する。
キラー毒素の構造遺伝子も耐性に関与する遺伝子も,細胞質中に存在するウイルス様粒子の二重鎖RNA(染色体遺伝物質以外の遺伝物質ということでプラスミドといわれる)上にある。パンコウボのウイルス様粒子中には長短2本の二重鎖RNAがあるが,キラー発現には短いほうのRNAが直接に関与していて,長いほうのRNAは2種のRNAの複製に必須なものと考えられている。短いほうのRNAに突然変異が起こることによって,キラーからニュートラル,シューサイド,センシティブが生じ,長いほうのRNAに突然変異が起これば,二重鎖RNAが細胞から失われ,結果としてセンシティブになると考えられる。また染色体上の遺伝子の突然変異によって,キラーRNAの複製が阻害されたり,キラー遺伝子や耐性遺伝子の発現が抑えられたりすることも知られている。このように,キラー現象は細胞質遺伝因子と染色体遺伝子の相互作用を理解するうえで重要である。
ゾウリムシではパンコウボほど詳細な遺伝学的解析は行われていないが,基本的には同じである。ただしパンコウボのキラー因子がウイルス様粒子の二重鎖RNAであるのに対してゾウリムシでは共生する細菌の二重鎖DNAである。しかしこの違いは絶対的でなく,近年Kluyveromyces lactisという酵母ではキラー因子が線状二重鎖DNAであることが報告されている。キラー現象の普遍性とキラー因子の起源については今後の研究課題である。
執筆者:小野 文一郎
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…感染因子自身および感染因子のもつ遺伝因子によって支配される形質の遺伝を感染遺伝infectious heredityという。ハツカネズミのある種の乳癌,キイロショウジョウバエの二酸化炭素感受性,ゾウリムシのキラー形質はこの好例である。 以上の細胞質遺伝と感染遺伝を総称して核外遺伝という。…
※「キラー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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