キリシタン文学とは、南蛮(なんばん)文学ともいわれ、16、17世紀に来日したイエズス会の宣教師たちと日本の信徒などが翻訳した宗教文学を主としてさすが、そのほか、布教のためや日本語学習のためにつくられたものも含められ、さらに、ドミニコ会のものまでさすこともある。東方巡察使バリニャーノが将来した活字印刷機によって刷られたものをキリシタン版と称しているが、キリシタン文学はキリシタン版として読まれたもので、これにはローマ字本と国字本とがある。
印刷前には、写本として行われ、その現存唯一の例に、バレトが1591年(天正19)に写した膨大なローマ字本があり、聖務日課や聖人伝などからなっている。キリシタン版は、同年に、島原半島の南端の加津佐(かづさ)(長崎県南島原(みなみしまばら)市加津佐町)で『サントスの御作業(ごさぎょう)の内抜書(うちぬきがき)』がローマ字本で刊行されたのに始まる。これは、聖人伝の翻訳で、外国の宣教師の絶大な協力のもと、日本人養方(ようほう)パウロとその子洞院(とういん)ヴィセンテの手になるもので、キリシタン文学中の白眉(はくび)である。印刷所が天草に移り、『ドチリナ・キリシタン』(キリスト教の教義)『ヒィデス(信仰)の導師』や『伊曽保(いそほ)物語』『口語訳平家物語』などが刊行された。いずれもローマ字本で、『伊曽保物語』は寓話(ぐうわ)の初めての翻訳である。『平家物語』は日本人ハビアンの作で、パウロ、ヴィセンテ、ハビアンはキリシタンの三大文学者と称される。印刷所は、さらに、長崎に移り、『ドチリナ・キリシタン』『スピリツアル(心霊)修行』などが刊行された。『ぎや・ど・ぺかどる』は、『罪人を善へ導く』というグラナダの原書の翻訳で、国字本であってよく読まれ、再版もつくられた。キリシタン版の末期には、京都で『こんてむつすむん地』が刊行されたが、これはキリスト教の名著『イミタシオ・クリスティ』(キリストに倣いて)の翻訳である。これらのキリシタン版の読者は、もとより、キリスト教の信徒であるが、キリスト教の最盛期には多くの読者層を得るとともに、国字の写本もまたつくられたのである。やがて徳川幕府の禁教が厳しくなり、長崎での出版も1611年(慶長16)ごろをもって終わる。一方、ドミニコ会では、1622、23年(元和8、9)マニラで『ロザリオ記録』ならびに『ロザリオの経』を刊行し、日本に潜入布教しようとしたが、十分目的を果たせないで終わってしまった。
鎖国が長く続き、日本ではキリシタン文学のあったことさえまったく知られていなかったが、明治の中葉、イギリスのアーネスト・サトーが西欧の図書館で発見し、ようやく日本でもその研究がおこった。キリシタンの宗教文学は、いままでの日本にはみられない異質な文学である。そういう文学を翻訳し、読んだということは、日本の文化史上、まさに特筆すべきことである。その時期はわずか半世紀ではあったが、それらの文学作品は、今日もなお光彩を放ち続けている。
[福島邦道]
『福島邦道著『キリシタン資料と国語研究』正続(1973、83・笠間書院)』
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