フランスの作家ラファイエット夫人の中編小説。無署名で1678年刊。1558年前後のフランス宮廷の史実を背景とする記録風の結構だが,主題はクレーブ大公夫人の恋。母親シャルトル夫人から宮廷の色事への警戒心を教えこまれていたクレーブ夫人は,夫への敬愛とはまったく異質なヌムール公に対する激しい恋に身をさいなむ。宮廷の花形ヌムール公の人目を忍ぶ求愛にゆらぐ心を支えようと,夫に告白して助力を乞うが,夫はその衝撃が原因となって死ぬ。夫人は夫の死後も夫への貞節と情熱に対する懐疑からヌムール公を受け入れず修道院で余生を送る。宮廷という華麗な閉鎖社会の視線のなかで追いつめられてゆく夫人の理性と情念の葛藤をまさぐり出す心理描写に秀でる。冗長な大作が多い同時代の小説のなかで際だった緊密な展開とあいまって,フランス古典主義の代表的散文作品,近代フランス心理小説の最初の傑作と評価されている。
執筆者:二宮 フサ
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フランスの作家ラファイエット夫人の小説。匿名で1678年刊。創作には友人の協力があったともされる。1558年前後のフランス宮廷の史実を背景とする記録風の結構だが、主題はクレーブ公夫人の恋。母親から婦徳を教えられて育ち宮廷に出仕したクレーブ夫人は、夫への敬愛とはまったく異質の激しい恋をヌムール公に対して抱く自分にうろたえ苦しむ。心の支えを求めてついには夫に告白して助力を乞(こ)うが、夫はその衝撃が原因となって死ぬ。夫人は亡き夫への貞節と情熱に対する懐疑からヌムール公の求愛を退けて隠棲(いんせい)する。宮廷という華麗な閉鎖社会の視線のなかで追い詰められる夫人の理性と情念の葛藤(かっとう)をまさぐり出す心理描写に秀でる。冗長な大作の多い同時代の小説のなかで際だった緊密な展開と相まって、フランス古典主義の代表的散文作品、近代フランス心理小説の最初の傑作として長く影響を及ぼした。
[二宮フサ]
『生島遼一訳『クレーヴの奥方』(岩波文庫)』
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…当時は中世ロマンスの残存のほかに,古代ロマンスの復活によって牧歌的田園や古代の英雄をテーマとした長編ロマンスが流行したので,反ロマンスが17世紀の多くの小説の主題となった。ラ・ファイエット夫人の《クレーブの奥方》は,ロマンスの感傷的恋愛賛美に対して,現実の知的な人間がいかに恋愛に対処するかを描き,精緻(せいち)な心理分析によってフランス心理小説の源流となった。18世紀において小説の発展を主導したのはイギリスであり,市民階級の生活の物語としての写実的小説が出現した。…
※「クレーブの奥方」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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