改訂新版 世界大百科事典 「ケチュア」の意味・わかりやすい解説
ケチュア
Quechua
ペルーとボリビアを中心に,南アメリカのアンデス地方に居住し,ケチュア語を話す人びと。インカ帝国の公用語として普及したケチュア語は,現在,少なくとも300万人に話されている。ケチュアは,太平洋海岸地方からアンデス山脈をへてアマゾン熱帯低地との境界地方まで,広く分布している。最も多いのは山岳地帯に居住する農民で,彼らは灌漑の施された段々畑で,ジャガイモ,トウモロコシなどを栽培している。主食であるそれらの作物は,ゆでたりスープとして食されるほか,ジャガイモは野外での凍結乾燥により,チューニョという保存食に加工され,トウモロコシからはチチャという酒が醸造される。アンデス東斜面では,コカが栽培されている。コカの葉は覚醒作用があり,労働や寒さに耐えるため常用されるほか,占いや儀礼に用いられる。労働や儀礼にはチチャも不可欠である。ケチュアの多くは現在カトリック教徒であるが,地母神パチャ・ママや,アプなどと呼ばれる山の精霊等に対する土着信仰も根強い。カトリックと土着信仰は,聖母マリアと地母神が同一視されるなど,しばしば融合した形態をとる。ケチュアの社会は,アイユと呼ばれるインカ期の血縁・地縁集団にまで,その原型をたどりうるが,スペイン植民地時代の地方行政制度やカトリック教会地方組織から直接的影響を受けている。カトリック聖人の祭りなどが,村落内の結束を強める役割を果たしており,自律性と排他性が伝統的社会の特徴である。しかし一方で,都市化とメスティソ化(非インディオ化)が進行しつつある。標高4000m以上の高原地帯では,アンデス特有の家畜ラマとアルパカが飼育されており,食用にされるほか,ラマは駄獣として利用され,アルパカの毛は良質の織物の原料となる。牧民と農民とは,物々交換などを通じて,大変緊密な経済社会関係を結んでいる。場所により農牧複合の生業形態もある。
執筆者:稲村 哲也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報