デジタル大辞泉
「バーンジョーンズ」の意味・読み・例文・類語
バーン‐ジョーンズ(Edward Coley Burne-Jones)
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精選版 日本国語大辞典
「バーンジョーンズ」の意味・読み・例文・類語
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バーン・ジョーンズ
ばーんじょーんず
Sir Edward Coley Burne-Jones
(1833―1898)
イギリスの画家、デザイナー。バーミンガムに生まれ、聖職者を志してオックスフォード大学のエクセター・カレッジに入学。そこで生涯の友ウィリアム・モリスと出会う。その後、D・G・ロセッティの作品に強い感銘を受け、画家になる決意を固めた。初期の作品にはその影響が強く表れているが、1859年から数度にわたるイタリア旅行でボッティチェッリやマンテーニャの作品に傾倒。アーサー王伝説やギリシア神話に取材した夢幻的な作品を制作し、後期ラファエル前派の代表的な画家となった。また、モリス商会のために、ステンドグラスやタペストリーの下絵を手がけ、モリス創設の印刷所ケルムスコット・プレスの挿絵も描いた。ロンドンに没。
[谷田博行]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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「バーンジョーンズ」の意味・わかりやすい解説
バーン・ジョーンズ
英国の画家。バーミンガム生れ。ラファエル前派の一人。ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティに絵を学び,ボッティチェリやアンテーニャなどの14世紀イタリアの画家を研究した。線描に重きを置く独特の様式はアール・ヌーボーに大きな影響を与えた。代表作に《黄金の階段》(1880年,ロンドン,テート・ギャラリー蔵),連作《いばら姫》(1873年―1890年,バスコット・パーク,ファリンドン・コレクション・トラスト蔵)などがある。また,ウィリアム・モリスに協力してステンド・グラスやケルムスコット版《チョーサー著作集》(1896年)の挿画なども手がけている。
→関連項目郡山市立美術館
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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バーン・ジョーンズ
Edward Coley Burne-Jones
生没年:1833-98
イギリスの画家,装飾家。バーミンガムに生まれ,聖職者になるためオックスフォードのエクセター・カレッジに入り,ここで生涯の友W.モリスに会う。ラスキンやラファエル前派に強い影響を受け,1856年画家への転向を決意。ロセッティに私淑し,初期には彼の画風をそのまま受け継ぐが,しだいにマンテーニャ,ボッティチェリ等を手本とし,また中世的なロマン主義に根ざした神話や伝説をテーマとして,夢幻的な独自の世界を築く。77年以降,内外ともに名声を確立し,後期ラファエル前派の中心的画家となる。モリス商会のためにステンドグラス,タピスリー等の下絵を描き,またケルムスコット・プレスの挿絵も手がけている。
執筆者:湊 典子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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バーン=ジョーンズ
Burne-Jones, Sir Edward Coley
[生]1833.8.28. バーミンガム
[没]1898.6.17. ロンドン
イギリスの画家,デザイナー。初め神学を学んだが,W.モリスとの出会いと D.ロセッティの作品に触発され画業に転じた。 1859年および 62年にイタリア諸都市を歴訪してラスキンに会い,また F.リッポやボティチェリの装飾的な作風に影響された。初期の作品は中世の騎士物語などのロマン的題材を華麗な色彩で描き,後期の作品にはイタリアの 15世紀,特にボティチェリの影響がみられる。ほかにモリス商会のためのステンドグラスやタペストリーの下絵がある。 94年准男爵。代表作『コフェチュア王と乞食の少女』 (1884,ロンドン,テート・ギャラリー) 。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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