ケーリン(その他表記)Kaelin, William G., Jr.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ケーリン」の意味・わかりやすい解説

ケーリン
Kaelin, William G., Jr.

[生]1957.11.23. ニューヨーク,ニューヨーク
ウィリアム・G.ケーリン。アメリカ合衆国の医学者。腫瘍抑制遺伝子と蛋白質の研究や,細胞が酸素濃度の変化を感知して順応する分子メカニズムの解明に寄与したことで知られる。この細胞の酸素感知機構に関する発見で,イギリスのピーター・J.ラトクリフとアメリカのグレッグ・L.セメンザとともに,2019年ノーベル生理学・医学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
1979年にデューク大学数学と化学の学士号,1982年に同大学医学大学院で医学博士号を取得。翌年からメリーランド州ボルティモアのジョンズ・ホプキンズ病院で研修を行ない,1987年にボストンのダナ・ファーバー癌研究所の腫瘍学研究員となる。1991年ハーバード大学医学部の講師を務めたのち,同大学医学部内科学教授,ダナ・ファーバー癌研究所の基礎科学副所長に就任。2018年ダナ・ファーバー癌研究所とハーバード大学医学部のシドニー・ファーバー教授に就任。
みずからの研究室を立ち上げた 1992年,フォン・ヒッペル・リンドウ病 VHLという遺伝性疾患の原因遺伝子に興味をいだき,その原因が VHL遺伝子の変異であることをつきとめた。VHLの患者は通常青年期以降,中枢神経系腎臓膵臓などさまざまな器官腫瘍が形成される。腫瘍の成長には血管増大を伴うことが多く,これが腫瘍組織に供給される酸素量の変化と関連しているのではないかと考えた。その後ラトクリフとともに,VHL蛋白質のプロリン水酸化と呼ばれる化学修飾が,酸素の利用状態の変化に対する細胞応答を促すことを発見した。酸素存在下では,化学修飾された VHL蛋白質は,低酸素誘導因子 HIFという別の蛋白質と結合し,酸素が不足したときに細胞増殖を促す。通常の酸素濃度では,VHLとの結合で HIF蛋白質は分解する。一方,低酸素の環境では VHLは化学修飾されないために HIFと結合できず,その結果 HIFは活性化して細胞は増殖し続けることになる。
腫瘍細胞,特に腫瘍塊の深部にある細胞は通常,酸素不足の状態にあるが,継続的な HIFの活動によって腫瘍細胞が酸素不足でも成長できるという発見は,腫瘍の成長や動態についての理解を進めるうえできわめて重要だった。この発見で HIFの活動を阻害する抗癌剤の開発にはずみがつき,なかでも腎臓癌治療は大きく進歩した。ケーリンはまた,変異するとまれに小児網膜網膜芽細胞腫を発症させる腫瘍抑制蛋白質などに関する研究も行なった。
2010年ガードナー国際賞,2016年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞など受賞多数。1987年アメリカ科学振興協会会員,2010年アメリカ科学アカデミー会員。

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