ラトクリフ(その他表記)Ratcliffe, Peter J.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラトクリフ」の意味・わかりやすい解説

ラトクリフ
Ratcliffe, Peter J.

[生]1954.5.14. ランカシャー
ピーター・J.ラトクリフ。イギリスの医師,医学者。フルネーム Sir Peter John Ratcliffe。血中の低酸素濃度に応答し,赤血球の産生を促すホルモンエリスロポエチン EPO制御や,細胞の酸素感知機構の研究で知られる。このメカニズムに関する発見で,ウィリアム・G.ケーリンとグレッグ・L.セメンザとともに 2019年ノーベル生理学・医学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
1965年から 1971年までランカスター・ロイヤル・グラマー・スクールに通い,その後ケンブリッジ大学コンビル・アンド・キーズ・カレッジで医学を学ぶ。1978年ロンドンセントバーソロミュー病院で内科学と外科学の学士号を取得し,1987年ケンブリッジ大学で医学博士号を取得。その後オックスフォード大学腎臓医学の研究を行ない,なかでも腎組織への酸素運搬に関心をいだく。1989年,細胞の酸素感知経路とエリスロポエチンの制御に焦点を絞った研究を行なうため同大学に研究室を立ち上げる。2004年から 2016年まで同大学ナフィールド医学部部長を務め,2016年同大学ターゲット・ディスカバリー研究所所長およびロンドンのフランシス・クリック研究所の臨床研究部長に就任した。
研究を始めた 1980年代末から 1990年代初頭には,血中酸素濃度が下がると腎臓細胞がエリスロポエチンを産生することは知られていたが,ラトクリフの研究により,肝臓など他の複数の臓器の細胞にも酸素感知能力があることが明らかになった。また,酸素有無に対する細胞の反応が,細胞の分化代謝など他のプロセスにも影響を与えることもわかった。特にラトクリフとケーリンはそれぞれ別個に,低酸素誘導因子 HIFのプロリン水酸化という化学修飾が,細胞の酸素濃度変化に対する反応を決定づけることをつきとめた。HIFは化学修飾が起こると分解するが,起こらないと維持される。その際,主要な細胞過程は低酸素状況により順応するよう変更されるため,細胞は成長と複製を続けることが可能になる。この発見はとりわけについての理解に影響を与えた点で重要な意味をもった。腫瘍は低酸素状況でも成長することが多く,そのおもな原因は HIFの活性化にあることが明らかになったからである。
2010年ガードナー国際賞,2016年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞をケーリン,セメンザとともに受賞するなど受賞多数。2002年ロイヤル・ソサエティ会員に任ぜられ,2014年ナイトに叙された。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラトクリフ」の意味・わかりやすい解説

ラトクリフ
らとくりふ
Sir Peter J. Ratcliffe
(1954― )

イギリスの医学者。イングランド北西部ランカシャー生まれ。1965年から1971年までランカスター・ロイヤル・グラマー・スクールで学んだ。その後、ケンブリッジ大学のゴンビル・アンド・キーズ・カレッジ、ロンドンの聖(セント)バーソロミュー病院で医学を学び、1978年に卒業。1987年にケンブリッジ大学から医学博士号を取得した。オックスフォード大学に移り、1989年に独立した研究室を開設し、細胞の酸素応答、腎臓(じんぞう)で生成される赤血球増産ホルモン「エリスロポエチン(EPO)」の制御の仕組みに関する研究を始めた。1992年にオックスフォード大学講師、1996年に同大学の教授に就任した。2016年からロンドンのフランシス・クリック研究所の臨床研究部長も兼ねる。

 ラトクリフは、1980年代後半から1990年代初頭にかけて、当時、血液中の酸素が少なくなると腎臓でEPOが増える仕組みの解明を進めていたが、EPOは腎臓だけでなく、肝臓や脳など他の臓器でも、酸素が少なくなるとつくられることを確認した。その後、ジョンズ・ホプキンズ大学教授のグレッグ・セメンザが、酸素が少ない環境下ではEPOの産生を促進するタンパク質「HIF」(低酸素誘導因子)が核内で産生されること、そしてその材料となる「HIF-1α(アルファ)」が細胞内に蓄積されることを発見。ハーバード大学教授のウィリアム・ケリンが、がん抑制遺伝子のVHLが、HIF-αの産生に深くかかわっていることを明らかにするなかで、ラトクリフは、酸素が十分に存在するときは、VHLがHIF-1αに結合して、細胞内のプロテアソームというタンパク質分解酵素複合体で分解されるという酸素応答の仕組みを明らかにした。さらに、ラトクリフとケリンは、2001年にVHLがHIF-1αに結合する際、酸素が豊富にある環境下では、酸素を構成するヒドロキシ基(OH基)二つがHIF-1αにくっつくことで、VHLが認識できることを同時に発表した。ラトクリフらの業績は、貧血やがん、ほかの多くの疾患の治療薬の開発に道を開くことにつながった。

 2010年にガードナー国際賞、2016年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞のいずれをも、セメンザ、ケリンとともに受賞。2019年には同じく3人で「細胞が低酸素状態を感知し、応答する仕組みの発見」による業績でノーベル医学生理学賞を共同受賞した。

玉村 治 2020年2月17日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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