ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラトクリフ」の意味・わかりやすい解説
ラトクリフ
Ratcliffe, Peter J.
ピーター・J.ラトクリフ。イギリスの医師,医学者。フルネーム Sir Peter John Ratcliffe。血中の低酸素濃度に応答し,赤血球の産生を促すホルモンのエリスロポエチン EPOの制御や,細胞の酸素感知機構の研究で知られる。このメカニズムに関する発見で,ウィリアム・G.ケーリンとグレッグ・L.セメンザとともに 2019年ノーベル生理学・医学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
1965年から 1971年までランカスター・ロイヤル・グラマー・スクールに通い,その後ケンブリッジ大学コンビル・アンド・キーズ・カレッジで医学を学ぶ。1978年ロンドンのセントバーソロミュー病院で内科学と外科学の学士号を取得し,1987年ケンブリッジ大学で医学博士号を取得。その後オックスフォード大学で腎臓医学の研究を行ない,なかでも腎組織への酸素運搬に関心をいだく。1989年,細胞の酸素感知経路とエリスロポエチンの制御に焦点を絞った研究を行なうため同大学に研究室を立ち上げる。2004年から 2016年まで同大学ナフィールド医学部部長を務め,2016年同大学ターゲット・ディスカバリー研究所所長およびロンドンのフランシス・クリック研究所の臨床研究部長に就任した。
研究を始めた 1980年代末から 1990年代初頭には,血中酸素濃度が下がると腎臓細胞がエリスロポエチンを産生することは知られていたが,ラトクリフの研究により,脳や肝臓など他の複数の臓器の細胞にも酸素感知能力があることが明らかになった。また,酸素の有無に対する細胞の反応が,細胞の分化や代謝など他のプロセスにも影響を与えることもわかった。特にラトクリフとケーリンはそれぞれ別個に,低酸素誘導因子 HIFのプロリン水酸化という化学修飾が,細胞の酸素濃度変化に対する反応を決定づけることをつきとめた。HIFは化学修飾が起こると分解するが,起こらないと維持される。その際,主要な細胞過程は低酸素状況により順応するよう変更されるため,細胞は成長と複製を続けることが可能になる。この発見はとりわけ癌についての理解に影響を与えた点で重要な意味をもった。腫瘍は低酸素状況でも成長することが多く,そのおもな原因は HIFの活性化にあることが明らかになったからである。
2010年ガードナー国際賞,2016年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞をケーリン,セメンザとともに受賞するなど受賞多数。2002年ロイヤル・ソサエティ会員に任ぜられ,2014年ナイトに叙された。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報