セメンザ(英語表記)Semenza, Gregg L.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「セメンザ」の意味・わかりやすい解説

セメンザ
Semenza, Gregg L.

[生]1956.7.12. ニューヨーク,ニューヨーク
グレッグ・L.セメンザ。アメリカ合衆国の医師,医学者。フルネーム Gregg Leonard Semenza。細胞酸素を利用したり調節したりする仕組みの研究や,細胞内で利用可能な酸素量が減ると活性化し,特定の病態において細胞が生き延びるのに重要な役割を果たす低酸素誘導因子 HIF発見で知られる。細胞内での酸素量の減少をおもな特徴とする虚血性心疾患などに対する新たな治療法の研究開発に道を開き,2019年,アメリカのウィリアム・G.ケーリンとイギリスのピーター・J.ラトクリフとともにノーベル生理学・医学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
ハーバード大学ダウン症候群における染色体異常を中心に小児遺伝学を学び,1978年に学士号を取得。その後ペンシルバニア大学で研究を続け,1984年に医学博士号を取得。デューク大学での小児科研修を経て,1986年ジョンズ・ホプキンズ大学遺伝医学の博士研究員となる。1990年に同大学の教員となり研究室を設立。その後,同大学細胞工学研究所の血管研究部門の責任者に就任した。
1980年代後半,細胞が酸素量の変化に応答するメカニズムに興味をいだく。細胞が低酸素状態に応答してエリスロポエチン EPOというホルモンを産生することは知られていたが,この応答を制御する遺伝メカニズムについてはほとんど解明されていなかった。セメンザは細胞の低酸素濃度への反応を制御する遺伝因子探究を進めるなかで,HIFを発見。研究仲間とともに,HIFが酸素の有無に対する細胞の多様な応答を制御し,特に低酸素状況への応答を決定づけることをつきとめた。HIFは,低酸素下では著しく増加するのに対し,通常の酸素濃度下では発現が抑えられる。その後,癌における HIFの働きを調べたところ,低酸素下で発現が増加した HIFによって腫瘍細胞が成長し,増殖することが認められた。また,心臓への血流減少が酸素運搬量の減少を引き起こす虚血性心疾患に対する新たな治療法の研究も行なった。
2010年ガードナー国際賞,2016年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞をケーリン,ラトクリフとともに受賞するなど受賞多数。2008年アメリカ科学アカデミー,2012年アメリカ医学アカデミー会員。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「セメンザ」の意味・わかりやすい解説

セメンザ
せめんざ
Gregg L. Semenza
(1956― )

アメリカの医学者。ニューヨーク市生まれ。ハーバード大学でダウン症などの小児遺伝学を学び、1978年卒業、1984年にペンシルベニア大学大学院で医学博士号を取得した。小児科専門医としてデューク大学で経験を積み、ジョンズ・ホプキンズ大学で博士研究員として遺伝学の研究を深めた。1990年から同大学の講師となり、独立の研究室を開設、1999年から同大学教授に就任。2003年から同大学の細胞工学研究所の所長も務めている。

 セメンザは1980年代から酸素濃度に応答する細胞の仕組みの解明に取り組んだ。酸素が少なくなると(低酸素症)、赤血球を増やすホルモン「エリスロポエチン(EPO)」が産生されることがわかっていたが、その遺伝子レベルのメカニズムは不明だった。セメンザは、EPO遺伝子にくっつき、増殖を促す因子をつきとめようと肝細胞を培養して調べた。その結果、酸素が少ない環境下では、EPOの遺伝子に作用するタンパク質「HIF」(低酸素誘導因子)が産生されることを発見した。このHIFは、HIF-1α(アルファ)と、ARNT(HIF-1β(ベータ))という二つのタンパク質で構成され、とくに酸素欠乏状態になるとHIF-1αが細胞内で蓄積することを発見した。増えたHIF-1αは核内に取り込まれ、ARNTと結び付いて、HIFとして働く。一方で、酸素が十分にある条件下では、HIF-1αは、プロテアソームというタンパク質分解酵素複合体によって、細胞内で処理されることも確認した。がん細胞では、HIF-1αが大量につくられ、酸素が少ない条件下でも新生血管が形成され、増殖することなども明らかにした。こうした細胞の酸素応答の仕組みを遺伝子レベルで解明したことで、貧血、がん治療、虚血性心疾患など多くの病気の治療薬などの開発に道を開いた。

 2008年にアメリカ科学アカデミー会員、2012年アメリカ医学アカデミー会員。2010年にガードナー国際賞、2016年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞。2019年「細胞が低酸素状態を感知し、応答する仕組みの発見」による業績で、ハーバード大学のウィリアム・ケリン、オックスフォード大学のピーター・ラトクリフとノーベル医学生理学賞を共同受賞した。

[玉村 治 2020年2月17日]

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