ゴーウィン(読み)ごーうぃん(その他表記)Emmet Gowin

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゴーウィン」の意味・わかりやすい解説

ゴーウィン
ごーうぃん
Emmet Gowin
(1941― )

アメリカの写真家。バージニア州ダンビルに生まれる。父親メソジスト教会牧師、母親はクェーカー教徒の牧師の娘という環境に育った。1961~1965年リッチモンド・プロフェッショナル・インスティテュートグラフィック・アートを学び、次第に写真に傾倒していく。1963年憧れていたロバート・フランクに会い、彼の勧めに従って、ロード・アイランド・デザイン学校修士課程に進学、ハリー・キャラハンに師事した。キャラハンの妻エレノアEleanor Callahan(1921―1984)を撮った写真が後にゴーウィンのテーマの重要なヒントとなっている。1967年修士課程修了。その後1971年までデイトン・アート・インスティテュートの写真講師を務め、写真家フレデリック・ゾマーFrederic Sommer(1905―1999)と親交を結ぶ。1973年プリンストン大学視覚芸術学科の講師となる(後に教授)。1975年グッゲンハイム奨学金、1977年には米国芸術基金の助成金を受ける。

 1964年にゴーウィンは、同郷のエディスEdith Gowinと結婚。大学院で自らの写真表現を模索し混迷していた時、彼の重要な主題となるエディスの家族と出逢う。写真を撮ってくれと進み出る子供たちに要求され、姪と彼女の人形のコレクションを撮った写真は、このシリーズの出発点となっている。1976年妻エディスとその家族を撮った写真集『フォトグラフス』Photographsを発表した。エディスの家族は強い絆(きずな)で結ばれ、自然体で愛情に溢(あふ)れ、ゴーウィン自身も彼らのなかに溶け込んでいった。エディスの一家は4世代もの大家族の集合体であり、田園片隅集落を成していた。長年の知恵を宿す長老たち、逞(たくま)しい働き盛りの女性たち、無邪気に遊ぶ幼い子供たち……それぞれの世代が慈しみ合い、すべてが神の意志のまま行われているかのようだった。この永遠に続く人間の営みのサイクルが、充足した形で彼の写真に展開し、野性的な魅力をもつエディスが、それらの中核にいる。当初ストレートに写されていた写真が、やがて周囲が黒く焼き込まれピンホール・カメラを思わせる丸い枠で囲まれる。偶然見つけたこの効果は、日常生活に潜む神秘的な時間をより鮮明に映し出す結果となり、虫眼鏡で覗き込んだような、微視的視点をもたらした。一族の長老の死、相次ぐ老人たちの死によって、家族の調和に満ちた関係は軋(きし)みはじめ、ゴーウィンは一連の写真に終止符を打った。

 1980年、噴火後のワシントン州セント・ヘレンズ火山の航空写真を撮る機会に恵まれ、以後一転して巨視的な風景写真を撮るようになる。また、イタリアの要塞都市マテーラ、断崖(だんがい)に突如として現れるヨルダンの古代都市の遺構ペトラの写真は、自然の造形と人工の造形が入り交じる驚異的な景観を映し出す。自然と共存し、自然を淘汰し、そこに文明を築きあげていく人間の力、さらに一瞬にしてそれを吹き飛ばしてしまう自然と時の圧倒的な力が映し出される。その後、航空写真による核兵器格納施設、水利施設、農業用地などの撮影へ移っていく。それらの航空写真の、ペルーのナスカの地上絵を思わせる自然のフィールドに刻印された文様は、撮影対象に象徴される現代の科学の成果をもって自然を凌駕(りょうが)し神に近づこうとする人間の姿を暗示するかのような底知れぬ恐ろしさを秘めている。

 ゴーウィンは家族のシリーズで、つねに生命に対する、また子供を産む女性という存在に対する畏敬を表していた。そして、セント・ヘレンズ火山の噴火という自然の猛威を、またペトラに見られる自然と人間の営為を、核兵器格納施設等の航空写真に見られるような、大きく地球環境を変えようとしている科学の進歩の危うさを撮影することによって、人智を超えた「神意」への畏敬の念を表明している。

[蔦谷典子]

『Emmet Gowin; Photographs (1976, Knopf, New York)』『Petra; In the Hashemite Kingdom of Jordam (1986, Pace Publications, New York)』『Emmet Gowin Photographs (1990, Philadelphia Museum of Art, Philadelphia)』

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