日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゴーディマ」の意味・わかりやすい解説
ゴーディマ
ごーでぃま
Nadine Gordimer
(1923―2014)
南アフリカ共和国の白人女性作家。ヨハネスバーグ近郊の鉱山町スプリングズで生まれ、父はロシア系ユダヤ人で時計屋を営み、のち小規模な宝石商に転業。母はイギリス系ユダヤ人。11歳のとき、虚弱体質のため修道院学校を退学。遊び友だちとの交友も一切禁止され、以後6年間孤独のなか、彼女自身「図書館が私の学校だ」というほど図書館に通い詰め、多感な思春期を読書と創作に明け暮れた。のち第二次世界大戦終了直後、短期間ウィッツウォーターズランド大学の成人学級で学んだのが唯一の学歴。9歳で創作を始め、16歳の処女小説「明日、もう一度いらっしゃい」が時事雑誌『フォーラム』に載り、天才少女として評判をよんだ。以後、ヨハネスバーグに定住し半世紀を超える創作活動を通じて、一貫してアパルトヘイト政策の非人道性を白人の立場から告発し続けた。幼いころはダンサーになることを、のちジャーナリストになることを夢見ていたが、虚弱体質のためあきらめたという。1954年ドイツの財閥でナチス・ドイツに追われたドイツ系ユダヤ人、カッシーラ家の一人と再婚、創作に打ち込む生活基盤が安定した。初期の代表的短編集『ヘビのやさしいささやき』(1952)、『6フィートの国』(1956)では、弱者に愛憐(あいれん)の目を注ぎながら中流白人家庭内での黒人召使いの生き方を描いた。やがて1950年代から白人政府によるアパルトヘイト政策が強化されるにつれてゴーディマは、同じ白人でありながら差別され迫害され続けてきた受難の歴史をもつユダヤ人の家庭に育ったわが身を、人種差別される黒人の身に重ね合わせながら、差別の不条理を作品で告発するようになる。長編小説『虚偽の日々』(1953)、『異邦人たちの世界』(1958)、『ブルジョア世界の末期』(1966)では、差別にあぐらをかきながらも差別する自らの影に脅えているアフリカーナーたち、白人社会の虚偽と偽善を暴き、同時にヨーロッパ・ブルジョア社会の終末を予告している。続くブッカー賞受賞作『保護管理人』(1974)は、南アをもともとの所有者である黒人に返還するよう訴える寓意小説。以後ゴーディマは、黒人の側に身を寄せながら『バーガーの娘』(1979)、『ジュライの一族たち』(1981)を書き、後者は南アが黒人解放勢力の侵入を受け、大混乱に陥るという大胆な舞台設定になっている。そして『造化の戯れ』(1987)では、私たちの住む現実世界の成り立ちそのものを根本的に問い詰める姿勢を鮮明に打ち出している。ほかに長編『国賓』(1971)、『わが息子の物語』(1990)、短編集に『顔を向き合って』(1949)、『戦士の抱擁』(1980)、『外で何かが』(1984)、『ジャンプ』(1991)、評論集に『黒人の心を伝える者たち』(1973)、『本質的な姿勢』(1988)、『書くことと存在すること』(1995)がある。これらの作家活動を通じて、アパルトヘイト法廃棄に向けて大きく貢献した功績が高く評価され、1991年ノーベル文学賞を授与された。また国際ペンクラブ副会長、南アの各種文芸雑誌、文学美術サークルの顧問を務め、1987年には、南アフリカ作家会議の創設を支援、1991年にはゴーディマ短編小説賞を設定するなど、非白人作家の育成に力を尽くした。アパルトヘイト廃棄後も長編小説『われに連れ添う者なし』(1994)、『ハウス・ガン』(1998)を出版。だが、ゴーディマの使命は1991年で終わったとみるべきだろう。
[土屋 哲]
『土屋哲訳『現代アフリカの文学』(岩波新書)』