連歌論。心敬著。1463年(寛正4),心敬が郷里の紀州田井庄(現,和歌山市)に下向したとき,土地の人々の求めに応じて書き与えたものが原形で,のち何度か増補・改編されたため異本が多い。1冊または2冊。問答体で構成されており,連歌修業の方法,風体論,付合(つけあい)論など連歌についての言説が中心だが,和歌,仏教について言及することも多く,総合的な芸術論の趣がある。人生の無常哀苦を徹底的に観ずることによって人間の内面的充実がはかられ,そのような境地による和歌・連歌の制作を理想とする立場を明確にしている点で,技術論に終始する他の多くの連歌論書と趣を異にする。また,師正徹(しようてつ)の影響下に展開していると思われる,幽玄や艶(えん)を中心とした美論も注目に値する。特に幽玄をいっそう深化させた理念として〈幽遠〉の語を用い,単なる優美な風体にとどまらず,作者の精神の高さや清らかさがそこにしみ出る,清艶な美を追求している点は重要である。しかし,その理論は後代に十分継承されたとはいいがたい面がある。
執筆者:奥田 勲
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室町時代の連歌(れんが)論。1冊または2冊。心敬(しんけい)著。1463年(寛正4)、心敬が郷里の紀伊国(きいのくに)田井荘(しょう)(現在和歌山市の一部)に下ったとき、土地の人々の求めに応じて書き与えたものを原型とし、のち何度か増補・改編されている。問答体で構成され、連歌の学び方、作風論、付合(つけあい)論などを中心とするが、和歌・仏教についての発言も多く含まれ、全体としては総合的な芸術論の趣(おもむき)がある。とくに、人生の無常哀苦を徹底して観ずることが、人間の内面的充実につながり、そのような境地での創作活動が理想だとする点は、他の多くの連歌論が技術論に終始しているにすぎないのに対し、独自の高さをもっていると評価される。また、幽玄や艶(えん)を中心とした美論も注目すべきである。
[奥田 勲]
『木藤才蔵他校注『日本古典文学大系66 連歌論集・俳論集』(1961・岩波書店)』▽『伊地知鐵男他校注・訳『日本古典文学全集51 連歌論集・能楽論集・俳論集』(1973・小学館)』▽『金子金治郎著『心敬の生活と作品』(1982・桜楓社)』
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…藤原俊成の意識した艶の美には,《源氏物語》の〈もののあはれ〉を受け継ぎ,さらに余情美を求めようとする傾斜が認められる。中世以降には艶を内面化しようとする傾向が強まり,心敬の連歌論《ささめごと》などに見える〈心の艶〉〈冷艶〉の美は,その極致とされる。艶の句について,〈艶といへばとて,ひとへに句の姿,言葉のやさばみたるにはあるべからず。…
※「ささめごと」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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