改訂新版 世界大百科事典 「シアノ鉄錯塩」の意味・わかりやすい解説
シアノ鉄錯塩 (シアノてつさくえん)
cyanoiron complex salt
酸化数ⅡおよびⅢの鉄のヘキサシアノ錯体と,両方の鉄を含むシアノ錯体が知られている。
ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸
化学式H4[Fe(CN)6]。俗称フェロシアン酸。ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸カリウム水溶液に濃塩酸を加え,冷却してエーテルを加えるとエーテル付加物が得られ,これを乾燥水素気流中で80~90℃に加熱すると得られる。無色の結晶性粉末。乾燥した空気中では比較的安定。湿気,熱,光により分解して,しだいに緑色になる。水に可溶。水溶液はかなり強い四塩基酸。アルコールに可溶,エーテルに不溶。
ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸カリウム
化学式はK4[Fe(CN)6]・3H2O。俗称フェロシアン化カリウム,黄血塩,黄血カリなど。18世紀の半ばころすでに知られ,動物の血液などを鉄および炭酸カリウムと反応させてつくったので黄血塩の名がある。工業的には,かつては石炭ガス精製の副産物としてつくられたが,現在では硫酸鉄(Ⅱ)FeSO4にシアン化カリウムKCNを加えてつくられている。淡黄色柱状晶。単斜晶系あるいは正方晶系。比重1.882~1.889(20℃)。加熱すると60℃で水を失いはじめ,100℃で無水和物になり,さらに強熱すると窒素とシアンを放って分解する。水に易溶,溶解度27.8g/100g(12.2℃)。アセトンに可溶,エチルアルコール,エーテルに不溶。水溶液は長く放置すると分解する。水溶液を電解酸化するか,塩素などで酸化するとヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸カリウムになる。水溶液は,鉄(Ⅱ)塩により青白色,鉄(Ⅲ)塩により濃青色,銅塩により赤褐色,銀塩または亜鉛塩により白色の,それぞれ沈殿を生じ,定性分析に利用される。水溶液を硝酸と熱し,炭酸ナトリウムで中和すると赤色のペンタシアノニトロシル鉄(Ⅲ)酸ナトリウムNa2[Fe(CN)5(NO)]・2M2Oが得られる。これはニトロプルシッドナトリウムともよばれ,S2⁻あるいはHS⁻により赤紫色を呈するので,これらの検出に使われる。ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸錯体は安定でCN⁻をほとんど解離しないので水溶液には毒性はないが,希硫酸と熱するとシアン化水素を生じ,濃硫酸では一酸化炭素を発生するので危険である。分析試薬として,また青色顔料などの製造に用いられる。
ヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸
化学式H3[Fe(CN)6]。俗称フェリシアン酸。ヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸カリウムの冷飽和水溶液に濃塩酸を加えると得られる。緑褐色針状晶。水,アルコールに易溶,エーテルに不溶。メチルアルコールに可溶な試薬として有機化学においてフェノールの酸化などに用いられる。
ヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸カリウム
化学式はK3[Fe(CN)6]。俗称フェリシアン化カリウム,赤血塩,赤血カリなど。1822年グメリンLeopold Gmelin(1788-1853)により初めてつくられた。工業的には,ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸カリウムの水溶液をアルカリ性で電解酸化するか,塩素で酸化してつくる。純粋なものは市販品を再結晶するか,ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸カリウムを塩酸酸性で過マンガン酸カリウムで酸化して得られる。赤色単斜晶系板状晶。比重1.878(25℃)。水に易溶,溶解度33g/100g(4.4℃)。エチルアルコールに不溶。ヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸錯体はヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸錯体よりも不安定で,わずかにCN⁻を解離するので水溶液は有毒である。水溶液は,鉄(Ⅱ)塩により青色沈殿,鉄(Ⅲ)塩により緑色の呈色,銅塩により黄緑色沈殿,亜鉛塩により橙色沈殿,銀塩により赤褐色沈殿をそれぞれ生ずるので,定性分析に用いられる。アルカリ性水溶液は強い酸化剤で,過酸化水素,硫化水素,チオ硫酸ナトリウム,フェノールなどを酸化する。またインジゴ染色の酸化剤となる。そのほか,写真,エッチング液,電気めっきなどに用いられる。光により分解するので暗所に貯蔵する必要がある。
ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸鉄(Ⅲ)
化学式はFe4[Fe(CN)6]3・15H2O。1704年ベルリンの染色業者が輸入品であったウルトラマリン(群青)の代用になる濃い青色の鉄化合物を偶然発見し,プロシア青(プルシアンブルー)と呼んだ。ベルリン青,ベレンス,紺青などともいわれる。これは黄血塩と鉄(Ⅲ)塩との反応で得られるが,赤血塩と鉄(Ⅱ)塩との反応でも同様の青色顔料が得られ,こちらはターンブルブルーと呼ばれた。後になって両者は同じものであることがわかり,鉄(Ⅱ)および鉄(Ⅲ)をシアノ基が橋架けしたベルリン酸塩なる巨大分子錯体であることが推定された(構造単位はFeⅢ[FeⅡ(CN)6FeⅢ]3,ただしベルリン酸H[FeⅡ(CN)6FeⅢ]自体は得られていない)。結晶構造も立方体の頂点にFeⅡ,FeⅢが位置し,稜にCN⁻が位置するものと推定されたが,この構造ではFeⅡとFeⅢの数が異なることは説明できなかった。最近,単結晶のX線解析の結果,つぎのような結晶構造を明らかにした。頂点にあるFeⅡのうち1/4は水分子によって占められ,そのまわりにはCN⁻はなくて,そのかわりに水分子がFeⅢのほうへ配位しており,さらに立方体の中心に一つの水分子が位置している。すなわち,組成はFeⅢ4[FeⅡ(CN)6]3・15H2Oに相当し,これは水分子の分析結果(14~16H2O)とよく一致する。他の方法で推定されていたとおり,炭素はFe(Ⅱ)に配位し,Fe(Ⅱ)-C=1.92Å,窒素はFe(Ⅲ)に配位し,Fe(Ⅲ)-N=2.03Åであり,C-N=1.13Åであった。工業的には,シアン化ナトリウムNaCN,硫酸鉄(Ⅱ)FeSO4,塩化カリウムKClなどを反応させて,生じた白色沈殿を酸性で塩素酸ナトリウムNaClO3などで酸化してつくる。実験室では,鉄(Ⅲ)塩とヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸塩,あるいは鉄(Ⅱ)塩とヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸塩との反応でつくる。ヘキサシアノ鉄酸塩が過剰の場合にはMⅠFeⅢ[FeⅡ(CN)6](MⅠ=KあるいはNa)に近い組成をもち,微細な粒子となって水に分散するので可溶性とよばれる。鉄塩が過剰の場合にはFeⅢ4[FeⅡ(CN)6]3・xH2O,MⅠFeⅡ7[FeⅢ(CN)6]5・xH2Oなどの組成をもち,水に対して不溶である。濃い青色はFe(Ⅱ)よりFe(Ⅲ)への電荷移動による吸収帯のため生ずるといわれている。比重1.70~1.95。完全に無水のものは水和物を真空中で400℃に加熱すると得られる。日光,空気,酸などに対しては安定であるが,アルカリや還元剤には不安定。新聞印刷用インキ,塗料,絵具などに用いられる。
執筆者:近藤 幸夫
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