日本大百科全書(ニッポニカ) 「しっくい」の意味・わかりやすい解説
しっくい
漆食、漆喰とも書く。消石灰に糊(のり)、すさ、粘土、砂などを混ぜた塗り壁材料。構成材料の組合せで多くの種類がある。普通のしっくいは消石灰に糊とすさを混ぜるか、さらに砂を加える。砂の入らないものは上塗り用で「のろ」ともよばれ、白色のものが多いが、着色されたものもある。消石灰は加水して空気中に放置しておくと炭酸ガスと化合して硬化するが、消石灰を水だけで練ったものは粘性が乏しく、塗りにくいうえに乾燥に伴い大きく収縮する。そのためツノマタ、ギンナンソウなどの海藻類を加工した糊材を加えて塗りやすくし、さらに、すさや砂を混ぜて硬化後のひび割れを防ぐ。すさは麻または和紙をほぐして短く切断したもので、ひび割れを分散させるために加える。砂はしっくいの乾燥収縮を低減させると同時に塗り厚を一定に保つ役目を果たす。
消石灰は紀元前3000年の昔、すでにエジプトで製造され、これを主材とした塗り壁は世界各国に分布しているが、しっくい塗りは日本独特の工法で、その起源は奈良時代初期から平安時代後半とされている。初めは主として寺院建築に塗られたが、鎌倉時代には土蔵にも用いられ、戦国時代に城郭の仕上げに塗られるようになって全国的に普及し、江戸時代には庶民の住宅にも盛んに使用された。しっくいは本来、木造建築物の小舞(こまい)下地に壁土を塗り、その仕上げとして用いられたものであるが、明治時代に西洋の建築技術が導入されて以来、れんが造、鉄筋コンクリート造などの壁面にも塗られるようになって現在に至った。
塗付けは下塗り、むら直し、中塗り、上塗りの順で施工される。調合は下地に近い塗層ほど糊量およびすさ量を増し、砂は、むら直し、中塗りなど塗り厚の大きいものに多く加え、上塗りには入れない。下地は小舞、木ずり、モルタル、コンクリートなどであるが、小舞下地の場合は中塗りまで壁土を用い、上塗りをしっくいとする。しっくいは乾きが遅いので1回の塗り厚をなるべく薄くし、そのつど十分に乾燥させねばならない。コンクリート下地の場合は下塗りから上塗りまで3~6回に分けて塗り付け、塗り厚の合計は1.5センチメートルくらいになる。しっくいは伝統に培われ、優れた性能をもつが、工期が長くかかりすぎるため、能率のよいセメントモルタルやプラスターに押され、現在ではあまり用いられない。
[矢野光一]
建築用のしっくいは一般に白色であるが、土蔵などには灰墨を混ぜた鼠(ねずみ)しっくい、黒(くろ)しっくいが塗られることもある。幕末から盛んになった土蔵造の商家などにも鼠しっくい、黒しっくいが用いられることが多い。また、江戸時代中期から土蔵の妻などの外壁に、家紋や水などの文字をしっくいによる浮彫りで施すことが流行する。これはさらに松竹梅などの彫刻に発展する。その後、室内の壁や欄間(らんま)にも彩色されたしっくい浮彫りが施されるようになり、鏝絵(こてえ)の名で普及する。鏝絵の名手としては、幕末から明治にかけて活躍した伊豆の長八こと、伊豆松崎の入江長八(生没年未詳)が有名である。国重要文化財旧岩科(いわしな)学校校舎(静岡県賀茂(かも)郡松崎町岩科、1880年9月25日落成)には、彼の千羽鶴や山水の浮彫りのしっくい鏝絵が残り、長八の66歳の作といわれている。また同町松崎には長八美術館があり、彼の代表作が展示されている。
[工藤圭章]
『西忠雄監修『左官工事ディテール』(1975・工文社)』▽『山田幸一著『左官工事』(1979・工業調査会)』▽『日本建築学会編『建築工事標準仕様書・同解説 JASS15左官工事』(1981・丸善)』