歴史時代のある場所について,景観の復元や地域構造,あるいは空間組織とそれらの変化の解明をめざす地理学の一分科。19世紀前半のリッター地理学にすでに歴史的要因を重視する視点がみられる。20世紀初頭にはクレッチマーK.Kretschmerによって中部ヨーロッパにおける各時代の政治領域の画定と変遷についての研究が結実したが,なお歴史学の分科にとどまる。歴史地理学を歴史の断面の地理学と規定したA.ヘットナーの見解にも,機械論の色彩が目につく。同時代のO.シュリューターやR.グラートマン,ビダル・ド・ラ・ブラーシュらによる景観論の体系化をきっかけとして,歴史地理学の実証研究が本格化した。そこでは原景観の歴史景観への動態が重視され,植生,居住,土地利用などの歴史的変化についての個別研究が盛んとなる。地籍図や空中写真,地名の解読など,国ごとに特色ある研究法を創案して,農地,村落,都市の平面プランの形態発生学的研究にとくに優れた成果がみられた。日本でもこれらの方法論を受容して,集村と散村,市場町と城下町などの起源と発展,条里制や新田プランの展開,交通路の盛衰などについて多くの成果を蓄えてきた。
しかし20世紀60年代以降,計量分析や行動・知覚研究の影響もあって旧来の研究動向に変化が生じた。景観の復元や変遷の解明にとどまらず,また,表現された景観としての古絵図や古地誌類にとどまらず,文学,絵画,宗教などをも採り上げて,景観をつくった人々の思想や景観に付与された意味世界の深層を解明しようとする動きもみられる。同時に,個別の追求から一般法則の樹立への道を探ろうとするこころみも目だつ。これらの動向の中には,歴史学における社会史の台頭や,人文・社会諸科学に共通してみられる現象学や構造言語学,記号論への関心とも関係するところが少なくない。
執筆者:水津 一朗
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
文献資料によって、歴史時代における地表の諸地域や地表全域に関し、その変化・発展のなかに地理学的諸問題を究明する地理学の一分野。物的資料である遺物や遺跡によって究明を図る考古地理学や、先史時代の地理学的諸問題を究明する先史地理学とともに、過去の時代に関する地理学的研究の主体を形づくる。過去のさまざまな時代の地域の情況(景観)を、古記録、古地図などによって復原し、それらを比較して、地域の変化・発展の構造を明らかにし、自然環境とのかかわりにおいて、社会や文化を形成し発展せしめ、地域の変貌(へんぼう)をもたらす人間の活動を明らかにする。人文地理学の諸研究は主として現在の世界や諸地域における人間の活動や社会、文化を対象とするが、人間は歴史的存在であるがゆえに、歴史的・動態的究明が必要とされる。このため、人文地理学の研究には、ある程度の歴史地理学的操作が加えられる必要がある。したがって、歴史地理学は、過去の時代の地理学的研究という点で地理学の一分野を構成するとともに、人文地理学にとって必要な研究方法であるともいえる。かくて歴史地理学の研究では、まず古記録や古地図などの収集、調査、整理、解読、解釈が必要で、それに基づく地域の復原が基礎的作業となる。
[中田榮一]
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