日本大百科全書(ニッポニカ) 「スードフ」の意味・わかりやすい解説
スードフ
すーどふ
Thomas Südhof
(1955― )
アメリカの生理学者、生化学者。ドイツのニーダーザクセン州ゲッティンゲン生まれのドイツ系アメリカ人。ドイツのアーヘン大学医学部を経て、1982年にゲッティンゲン大学医学部卒業、医師免許、医学博士号を取得。同年、マックス・プランク研究所で生物物理化学の博士号を取得した。1983年に渡米しテキサス州ダラスのテキサス大学サウスウェスタン医学センターで博士研究員として、マイケル・ブラウン、ヨセフ・ゴールドステイン(ともに1985年ノーベル医学生理学賞受賞)の指導を受けた。1986年に同大学助教授、1991年からテキサス大学分子遺伝学講座の教授に就任。2008年からスタンフォード大学分子細胞生理学講座の教授を務めている。1986年にハワード・ヒューズ医学研究所研究員にも任命された。
スードフはテキサス大学で当初、ブラウンらの影響を受け、低密度リポプロテイン(LDL)受容体などコレステロール代謝の研究を進めた。その後、神経細胞において、適切に情報をやりとりする仕組みに興味をもち、必要なときに神経伝達物質がどのように放出され、それをどのように受け止めるかの研究を始めた。外部の刺激に反応する物質としてカルシウムイオンが知られているが、スードフはカルシウムイオンにかかわるタンパク質をみつけようと研究を進めた。その結果、神経細胞のシナプスでも細胞外にあったカルシウムイオンが流入することをきっかけに、神経伝達物質を内包する小胞がシナプスに運ばれ、別の神経細胞に結合して、神経伝達物質が放出され、このときに、コンプレキシンとシナプトタグミンという2種類のタンパク質が重要な役割を担っていることを発見した。実際、この2種類のタンパク質の遺伝子を破壊すると、シナプスで神経伝達物質の放出が行われないことをマウスで確認した。
細胞内の物質輸送に関しては、エール大学のジェームズ・ロスマンが、小胞と移動先の細胞の表面にあるタンパク質が複合体を形成し、それぞれの膜が融合してタンパク質が届けられる仕組みを解明。またカリフォルニア大学バークレー校のランディ・シェックマンが、小胞を観察しやすい酵母を使い、物質輸送に不可欠な遺伝子23個を発見した。
1993年アルデン・スペンサー賞、1997年アメリカ科学アカデミー賞(分子生物学部門)受賞。2002年アメリカ科学アカデミー会員に選出され、2008年パサノ賞、2010年カブリ賞(神経科学部門)、2013年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞。2013年「主要な細胞内物質輸送システムである小胞輸送の制御機構の発見」の業績で、ロスマン、シェックマンとともにノーベル医学生理学賞を受賞した。
[玉村 治 2021年11月17日]