日本大百科全書(ニッポニカ) 「ズベーボ」の意味・わかりやすい解説
ズベーボ
ずべーぼ
Italo Svevo
(1861―1928)
イタリアの作家。本名はエットレ・シュミッツ。12月19日、オーストリア・ハンガリー帝国治下の、古くからの商業都市トリエステに生まれる。父はドイツ人の商人で、母はトリエステの人、ともにユダヤ系であった。ドイツのビュルツブルクで中等教育を受けたのち、トリエステの高等商業学校に入学。1880年、家の窮状ゆえに銀行に就職し、20年間勤める。その間に文学形成を果たし、とくにショーペンハウアーの哲学とフランス写実主義の小説に親しんだ。92年、自分の血筋「イタリアのスワビア人」を意味するイータロ・ズベーボという筆名で、小説『ある人生』を自費出版したが、まったく注目されなかった。6年後に自費出版した『老年』も、なんらの批評を得ることなく終わったため、作家の道を断念。96年に結婚した妻リービアの父が経営する企業に入り、終生、実業家としての生活を送らざるをえなかった。
1905年、トリエステで英語の教師をしていたJ・ジョイスと知り合い、親しい交わりを結ぶ。ジョイスの励ましと、商用でヨーロッパ各地を巡るうちに接したフロイトの著作が、創作へ向かう新たな力をズベーボに与え、前作から四半世紀を経た23年、やはり自費出版で小説『ゼーノの意識』を刊行。25年末、詩人E・モンターレの炯眼(けいがん)にみいだされて高い評価を受け、翌年にはジョイスの紹介を介して、イタリア文学通のB・クレミューとV・ラルボーが、もっとも注目すべき現代作家として彼を称賛するに及んで、長く不当な不遇をかこった作家ズベーボの名は一挙にヨーロッパに広まった。しかし、28年9月13日、自動車事故で不慮の死を遂げた。『ゼーノの意識』は、緊張した心理分析の手法と、非合理と無意識への依存とによって、早くも両大戦間に、20世紀文学の新たな展開の方向を示した先駆的な作品であった。小説三部作のほか、没後出版の2冊の短編集がある。
[古賀弘人]