その他の細菌感染症

内科学 第10版 「その他の細菌感染症」の解説

その他の細菌感染症(細菌感染症)

(6)その他の細菌感染症
ボツリヌス症(botulism)
概念
 土壤に分布するボツリヌス菌(Clostridum botulinum)の毒素で発症する.病型には,1)食品中で産生された毒素を摂取し発症する食餌性ボツリヌス症ボツリヌス中毒),2)芽胞を摂取し,乳児の腸管で菌が増殖して毒素産生により発症する腸管ボツリヌス症(乳児ボツリヌス症),3)創傷部位で菌が増殖し毒素を産生して発症する創傷ボツリヌス症,がある.ボツリヌス毒素は,神経終末でアセチルコリン放出を阻害し,神経症状(麻痺,自律神経障害)を発現する.治療は早期の抗毒素血清投与である.なお,ボツリヌス毒素は美容・眼瞼痙攣やジストニアなどに対する医療用として応用されている.一方,強い毒性のため生物テロや生物兵器として利用されることが危惧されている.
病態生理
 毒素にはA・B・C1・C2・D・E・F・G型の8種類あるがC2型以外は神経毒素である.毒素は腸管より吸収され血管に入り,神経筋接合部・節後副交感神経末端や末梢神経節にてコリン作動性神経末端で作用する.作用機序は,神経末端への結合→エンドソームによる神経細胞内への侵入→エンドソームから細胞質への移動→亜鉛依存性蛋白分解作用(メトロプロテアーゼ)を介して,神経終末に存在するアセチルコリンを含むシナプス小胞が細胞膜へ癒合する際に介在する蛋白であるシナプトタグミンのSNAP(solbule N-ethylmaleimide-sensitive fusion attachment protein)-25(AとE型),またはシナプトプレビン(B・D・F・G型),あるいはシンタキシン(C1型)を切断して,その細胞膜への癒合を阻害する.ボツリヌス毒素は破傷風毒素と類似しているが,神経末端から中枢には移行せず痙攣や意識障害はきたさない.ボツリヌス毒素は神経筋接合部のみに作用しアセチルコリン放出を阻害する. 1)食餌性ボツリヌス症は,菌汚染食品(ハム,ソーセージなど)内で毒素を産生し,摂食で発症する生体外毒素型中毒(食中毒)である.毒素は腸管で血中に移行し(成人の腸管では菌は増殖しない),その後神経筋接合部や自律神経のシナプス末端でアセチルコリン放出を阻害し,神経症状を示す.2)乳児ボツリヌス症は,芽胞で汚染された食品(蜂蜜など)を摂食し,乳児の腸管内で発芽から菌増殖し(腸内細菌叢が未発達で増殖可能),毒素を産生する生体内毒素型中毒である.
臨床症状
1)食餌性ボツリヌス症(ボツリヌス食中毒):
 汚染食品摂食後,通常18~36時間の潜伏期を経て発症するが,毒素の量により数時間〜数日と幅がある.①消化器症状(悪心,嘔吐下痢)で初発,その後②麻痺症状が両側対称性に眼から下肢へと「上から下」に進行する.眼症状(複視,視力低下,眼瞼下垂散瞳や対光反射遅延など),球麻痺,構音障害,嚥下障害,四肢麻痺,呼吸筋麻痺と進展する.③自律神経症状(唾液分泌低下,口渇,麻痺性イレウスによる便秘・腹部膨満,尿閉)を伴う.通常,発熱, 感覚障害,意識障害は伴わない.
2)乳児ボツリヌス症:
便秘で発症し,筋力・筋緊張の低下,吸乳力低下,泣き声が弱くなり,“floppy infant”(筋緊張低下児)になる.乳児突然死症候群(sudden infant death syndrome:SIDS)の一病因である.
3)創傷ボツリヌス症:
胃腸症状は伴わず,平均潜伏期間は約10日.症状は食餌性と類似する.
診断・検査成績
 患者血液からの毒素を検出すれば確定診断できる.A型毒素はバイオアッセイで,また最近はA・B型毒素遺伝子をPCRで検出することができる.C型毒素は17~50病日の糞便中から検出できるが,検出には時間を要する.さらに,乳児ボツリヌス症や創傷ボツリヌス症では毒素量が少なく陰性もある.一方,食物や糞便からのボツリヌス菌の検出も有力な参考になる.本症では,単一刺激による複合筋活動電位(compound muscle action potential:CMAP)の振幅が低値で,高頻度反復刺激にて漸増( waxing)をみる.食餌性ボツリヌス症は,食品摂取後に消化器症状の後「上から下」に進行する運動麻痺を呈したら疑う.乳児ボツリヌス症は診断が難しく,原因不明の“floppy infant”をみたら本症も疑う.
治療
 臨床症候と反復誘発筋電図所見から食餌性ボツリヌス症を疑ったら,早期に多価抗毒素血清を投与する.ただし,わが国の抗毒素(A・B・E・F型)はウマ血清であるので血清病のリスクは伴う.重症では,呼吸管理が必要となる.通常,抗菌薬は投与しない.毒素の排出を促すために下剤を用いる.乳児ボツリヌス症は致死率が低く,抗毒素の有効性が確立していないこと,抗毒素によるショックや血清病の危険を踏まえ,対症療法が主体となる.ただし,米国ではヒト型抗毒素BabyBIGがあり有効性が示され用いられている.創傷ボツリヌス症では抗毒素投与のほかにペニシリンGの投与と十分な感染巣のデブリードマンを行う.[亀井 聡]
■文献
Arnon SS, Schechter R, et al: Human botulism immune globulin for the treatment of infant botulism. N Engl J Med, 354: 462-471, 2006.Cai S, Singh BR, et al: Botulism diagnostics: from clinical symptoms to in vitro assays. Crit Rev Microbiol, 33: 109-125, 2007.
Chalk C, Benstead TJ,et al: Medical treatment for botulism. Cochrane Database Syst Rev, 16: CD008123, 2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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