経済学において,タイム・ラグとは,ある経済現象が起こったとき,それに対する反応が直ちに起こらず,ある時間を置いてから起こることをいう。タイム・ラグの重要な例としては,(1)D.H.ロバートソンが強調した消費ラグ(家計は所得が増加したとき,すぐには消費を増加させず,一定の時間がたってから増加させる),(2)E.ルンドバーグやL.A.メツラーが強調した生産のラグ(販売量の増加に対して,企業は当座は在庫を減らすことによって対処し,生産の増加はしばらくたってから行う),(3)投資計画と投資の実行の間のラグ(投資計画を立て機械等を発注しても,すぐには機械等の受渡しは行われないため,投資計画とその実現の間にはラグがある),等があげられる。
経済学においてタイム・ラグが重要視される理由は,タイム・ラグを含んだ動学方程式によって,静学理論の均衡へ実際に経済が到達する経路を記述することができるからであり,またタイム・ラグを仮定することで,静学的な理論では説明できない経済変数の循環的な動きや,オーバーシューティングといった現象を説明できるからである。たとえば,t期の国民所得をYt,消費をCt,貯蓄性向をsとして消費のラグを仮定すると,Ct=(1-s)Yt-1の関係が成立する。ここで投資の水準をIとすればYt=(1-s)Yt-1+I,すなわちYt=I/s+(1-s)t(Y0-I/s)が得られる。
この式は,ケインズ理論での均衡国民所得の水準,すなわちI/sへ国民所得が近づいていく経路を示す。実際の消費の変動に対して生産水準が反応するには1期を要し,さらに,企業は前期の消費水準が再び今期に実現すると考えるものとする。そうすると,企業は,まず予想される消費需要を満たすため(1-s)Yt-1生産し,前期の予想のはずれから生じた在庫変動を相殺するために(1-s)Yt-1-(1-s)Yt-2生産し,さらに投資需要を満たすためIだけ生産する。したがってYt=I+2(1-s)Yt-1-(1-s)Yt-2が成立する。この式は,Ytが循環的な動きをすることを意味する。また加速度原理によって投資計画が決まり,投資計画とその実施の間に1期のラグがあるとすれば,t期の投資はv(Yt-1-Yt-2)となる(vは加速係数)。消費ラグは存在しないと仮定すればYt=(1-s)Yt+v(Yt-1-Yt-2)で国民所得が決定される。この動学的方程式は,国民所得がサイクリカルな動きをする可能性のあることを示している。
執筆者:小谷 清
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