デジタル大辞泉
「群集」の意味・読み・例文・類語
ぐん‐じゅ【群▽集】
[名](スル)《「くんじゅ」とも》人々が大ぜい群がり集まること。また、その人々。
「囲繞―する者、恰も雲霞の如く」〈竜渓・経国美談〉
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ぐん‐しゅう‥シフ【群集・群衆シュウ・群聚シュウ】
- 〘 名詞 〙
- ① ( 古くは「くんじゅう」 ) ( ━する ) 人が多くむらがり集まること。くんじゅ。
- [初出の実例]「一処群集(クンジウ)の男女家中老少上下皆頭を(た)れ手を刄(をさ)め世尊を瞻(まぼ)りたてまつる」(出典:私聚百因縁集(1257)二)
- ② むらがり集まった多くの人々。特に、社会学、心理学などで、多数の人々が、一定の空間で物理的に接触をもちながら一時的、非組織的に集まっている状態をいう。
- [初出の実例]「今教なき夷民の群集中に一片の財貨を投与しなば其群集忽ち上下に動乱し」(出典:西洋事情(1866‐70)〈福沢諭吉〉外)
- [その他の文献]〔荀子‐勧学〕
- ③ ( 群集・群聚 ) 生態学で、一定の地域でまじりあって生活または生育する生物のあつまりをいう。群集には、動植物、菌類、微生物を含むが、動物と植物に区別して用いることもある。
- (イ) 植物では、群落の単位の一つ。種類・組成は同じで、優占種・標徴種とによって特徴づけられる。ブナ・スズタケ群集、ヨシ・マコモ群集など。旧称は群叢(ぐんそう)。
- (ロ) 動物では、魚類群集など特定の分類群を対象に用いたり、共通の生活様式をもつものだけをさして呼ぶこともある。
くん‐じゅ【群集・群衆・群聚】
- 〘 名詞 〙 ( 後世は「ぐんじゅ」「ぐんしゅ」とも ) 人が多くむらがり集まること。また、むらがり集まった多くの人々。ぐんしゅう。
- [初出の実例]「所以(そへに)、群衆を集めて甘き詞を加へて、兵類を調へて、其の数を倍し」(出典:将門記(940頃か))
- 「見物の群集(グンシュ)に紛れて余所ながら見送り」(出典:三人妻(1892)〈尾崎紅葉〉後)
群集の語誌
「群」の漢音クンと「聚」の漢音シュ(「衆」の音シュは呉音とみるのが普通)が複合し、連濁したと考えるのが一般的で、「群集」と書いてもそのようによまれたが、江戸後期から明治頃にかけて、「ぐんしゅう」のよみが普通になった。
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群集(人間)
ぐんしゅう
crowd 英語
foule フランス語
不特定多数の人々が共通の動因や関心、注目対象のもとに、比較的限定された地域空間に一時的に密集し、情動的に行動をともにする未組織の集合体(無組織集団)をいう。したがって、群集を特徴づける基礎条件として、物理的近接性および既成の相互作用のパターンの欠如とをあげることができる。物理的近接性のゆえに、群集は公衆から区別されるとともに、情緒的に激高しやすい特性を増幅させることになる。また、恒常的な組織や持続的な相互作用の体系を欠くために、群集は組織的集合体や社会集団とも区別され、非組織性、一時性ないし一過性の特性をもつことになる。
[岡田直之]
群集現象は人類の歴史とともに古く、古代ギリシアやローマの時代に、史上に名高い幾多の群集行動の記録がある。しかし、群集という観念が歴史的に脚光を浴びたのは、19世紀末葉であった。フランスの社会心理学者ル・ボンは近代社会を「群集の時代」として特徴づけ、社会と文明の進歩において主導的役割を果たしてきた知的貴族と対立する人間の集合として、群集をもっぱら否定的、蔑視(べっし)的にとらえた。近代社会の新たな担い手として登場した群集を、彼らの破壊的エネルギーに焦点をあわせて把握するならば、近代社会の基本原理である民主主義に対しても、冷笑的かつ否定的な立場をとらざるをえなくなる。ル・ボンの群集観の背景には、19世紀末の大きな社会変動に伴う社会的不安と危機、そして社会的に台頭し始める勤労大衆の巨大なエネルギーと運動の高まりといった歴史的現実があって、彼の貴族主義的あるいはブルジョア的立場が、群集へのいたずらな恐怖と不信の感情を呼び起こしたといえよう。
ル・ボン的群集観はその後、一方ではファシズムのイデオロギーに取り込まれ、他方では、近代民主主義の担い手であった公衆の理念的解体によって、「新しい群集」として復活する。大衆社会論の描く「砂のような灰色の大衆」とは、ル・ボンによって概念化された群集の二重写しであるといってよい。現代社会は一面においてまさに大衆的規模でふたたび群集化したのである。
しかしながら、現代社会における群集概念の再登場は、かならずしもル・ボン的群集への単純な回帰ではない。ル・ボン的群集観と異なって、群集の積極的潜在力を掘り起こし、正当に評価しようという試みも行われてきたからである。ル・ボン自身も、犯罪的群集とともに、道義的群集、英雄的群集の存在にも言及していたことを忘れてはならない。
[岡田直之]
ここで、群集の歴史的典型として、フランス革命のとき専制政治の象徴であったバスチーユ牢獄(ろうごく)の襲撃、占拠に参加した群集を想起してみよう。群集心理学者が好んで描くように、革命的群集の激高性、被暗示性、盲動性、暴徒性などといった諸特徴を一面的に数え上げることは容易であるが、彼らが自由と平等との理念のもとに革命行動に結集したことも、同時に正当に認識しなければならない。社会の変動期や変革期に、しばしば自然発生的に噴出する群集的エネルギーのはらむ創造的、積極的契機を不当に否定したり軽視してはならないであろう。開発途上国における開発独裁への抗議と抵抗の民衆運動にみられるように、公正妥当な処理と解決を要する社会的な矛盾や紛争への集合的抗議、抵抗として、群集行動が暴発する場合も少なくないからである。
アメリカの社会学者ラング夫妻は、集合行動論的観点から次のように述べている。これまでしばしば群集にまつわりついた特殊な神秘性、すなわち日常行動と異なる逸脱行動に人々をつき動かす社会病理的な力を群集に想定する伝統的立場は、社会学的分析によって置き換えられねばならない。「社会学的分析の主たる課題は、どのような群集現象であれ、参加者を特徴づける衝動、恐怖、不平、要求の個別的内容と、群集が形成されるに至る条件および群集が追求する目標との連結環を発見すること」であって、「集合過程の観点から群集現象を概念化する際、明らかに非合理的な感情の噴出と、社会構造の不適切さや緊張(ストレーン)との関連性に力点を置かねばならない。群集行動は社会や組織の崩壊と変動というより大きな脈絡のなかで、集合的問題解決行動として研究される必要がある」。群集研究に新しい地平を切り開く視座を示唆する点で傾聴に値するであろう。
[岡田直之]
社会学や社会心理学の分野では、群集に関する類型化がさまざまに試みられてきた。たとえば、アメリカの社会学者ブルーマーHerbert George Blumer(1900―87)は「行動的群集」「偶発的群集」「慣習的群集」「表出的群集」といった四つの類型をあげている。社会変革に立ち上がる能動的な群集のように、社会の統制力が一時的に有効性を失う場合に、ある特定の価値目標を達成しようと行動する群集が行動的群集である。行動的群集が特定の対象に向かって攻撃的、暴力的に行動する場合、モッブ(暴衆)とよび、予期せざる突発的、危機的状況のもとで、強度の不安や恐怖に駆られて収拾不能な混乱に陥る場合、パニック(乱衆)とよばれる。いずれも行動的群集の極限的事例である。バスに乗車するために待ち合わせている一群の人々のように、情動的相互作用もほとんどなく、ごく一時的、偶然的な集合性にのみ依拠する諸個人の集まりが偶発的群集であり、音楽を聞くために公会堂に集まった聴衆のように、日常生活において常態的行動規範に従って集合した人々が慣習的群集であり、祭典の踊りのように、情緒的感情の表出を第一義的に目的とした集合行動が表出的群集にほかならない。現代社会で生起する多様な群集行動を整理する分類軸として、こうした類型化の試みは役だつであろう。
[岡田直之]
『ギュスターヴ・ル・ボン著、櫻井成夫訳『群衆心理』(講談社学術文庫)』▽『ニイル・J・スメルサー著、会田彰・木原孝訳『集合行動の理論』(1973・誠信書房)』▽『末永俊郎編『講座 社会心理学2 集団行動』(1978・東京大学出版会)』▽『セルジュ・モスコヴィッシ著、古田幸男訳『群衆の時代――大衆心理学の史的考察』(1984・法政大学出版局)』▽『ガブリエル・タルド著、稲葉三千男訳『世論と群集』新装版(1989・未来社)』▽『G・リューデ著、前川貞次郎・野口名隆・服部春彦訳『フランス革命と群衆』(1996・ミネルヴァ書房)』
群集(植物)
ぐんしゅう
植物群落分類の基本単位。群集は標徴種(ある型の群集に特徴的な種)と識別種(群集をさらに下位単位に区分するための種)によって規定され、しかも一定の相観(植物集団の姿)と生育条件も、その分類上の対象とされる。群集はさらに共通の標徴種によって群団、オーダー(群目)、クラス(群綱)と高次の単位(上級単位)にまとめられる。また、下位単位として亜群集、変群集の区分があるが、これらは識別種(区分種)や優占種によって規定される。これらの群落階級は植物社会学的群落体系とよばれる。群集およびその上級単位は国際的な規約に従って命名され、階級に応じて一定の語尾(ラテン語)をもつ。日本では、すでにおよそ43のクラスのもとに、約400の群集が記載されている。ただし、群集名が2植物の連名の場合、同質の群集であるにもかかわらず和名の呼称に正逆両様がみられるが、これは、まだ学者間の意見の一致をみていないためである。
[奥田重俊]
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群集 (ぐんしゅう)
crowd
foule[フランス]
非日常的な状況のもと,多少とも共通の関心,志向,目標を抱いて集まっている人間集合。すなわち群集は,非日常性と志向の共通性を特徴とする。たとえば,あるデパートにある時刻に何百人,何千人の客がいても,それは群集ではない(サルトルは《弁証法的理性批判》の中で,集合態または集列体と呼んでいる)。ところが,ある売場でのバーゲン・セールが多くの客のお目当てになると,彼らは群集に近づく。混雑がひどくなり,熱気が増し,店員の整理や制止が利かなくなり,購買行動の場としての日常性が破れると,そのとき群集が出現する。店内で火事が発生し,すべての客が出入口に殺到すると,彼らはまぎれもなく群集である。劇場やイベントの観客,音楽会の聴衆などは,その鑑賞行動それ自体が非日常的だし,鑑賞対象にみんなの関心が集中してもいるから,だれかがつまずいたり,前に出ようとして押合いが起こるなど,些細なトラブルがきっかけで群集になりやすい(見物群集)。
古代にも,祭礼や災害,戦争などをきっかけに,さまざまな形態の群集が発生していた。しかし群集のもつ政治的・社会的な力が注目され,群集そのものが注目されたのは,フランス大革命その他の近代市民革命以後である。ただし,群集についての理論を最初に展開したとされる19世紀フランスの心理学者ル・ボンGustave Le Bonは,しばしば指摘されるように貴族主義の立場から群集,とりわけ革命群集を断罪した。ル・ボンに異を唱えた同時代のフランスの社会心理学者タルドGabriel Tardeの群集観も,この点では同じで,情緒的,非合理的,残虐,付和雷同的など,群集の劣性を両者とも強調している。たしかに群集は非日常状況のもとにいるから,日常の規範,行動パターンから逸脱しやすい。役割分担やコミュニケーション・ネットワークなどの組織性も欠けている。しかも志向性は共通だから,同調行動にはしりやすい。そのとき目標やチャンスが希少だ(と認識される)と,早い者勝ちの競争が激化する。いわゆる群集の劣性は,こういう要因の組合せから発現する。ただし群集のアノミー(規範喪失,無秩序)といっても,既存の秩序の側の一方的な裁断かもしれないし,非日常状況(ハレの日)のもとで日常(ケの日)のとは違う別種の規範が働いているかもしれない。リュデGeorge Rudéが《フランス革命と群集》(1951)で明らかにしたように,きわめて戦闘的な革命群集が思慮と規律をもち,組織化していく例もみられる。
なお群集の類語に,乱衆mob,公衆public,大衆massなどがあり,それぞれの区別はあいまいである。ただコミュニケーションのメディアを規準にするなら,群集は声や身ぶりで情報を交換・伝達し,メディアを必要としない(ときには旗や楽器,携帯マイクの類を用いるが)。公衆は小規模のメディアで結ばれ,空間的に〈散らばった群集〉(タルド)と考えられる。大衆はマス・メディアの末端にいる。乱衆は,規範から逸脱し,暴力化した群集である。
執筆者:稲葉 三千男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
群集【ぐんしゅう】
一定の関心対象に対して,偶然的機会を契機として集まる人間の集合をいう。したがって群集は一時的・無組織的な存在である。その行動や心理は他の社会集団の場合とは著しく異なり,極端な同質性を示して,感情的・非合理的・無責任的になりやすい。群集内部において諸個人が経験する特異な心理状態を群集心理と称し,感情面の興奮によって激しい行動にでる群集を特にモッブという。ル・ボンは群集の心理的特性として無名性,被暗示性,軽信性,衝動性,知性低下,無批判性などをあげ,容易に権威に服従すると指摘した。しかし最近では,その合理的側面,積極的側面も注目されている。→公衆/大衆/集団
→関連項目ガイガー
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群集
ぐんしゅう
biological community
生活共同体ともいう。生態系の生物部分に対して与えられる名称で,相互に有機的な関係を維持しつつ生活する生物集団全体をいう。群集の内部には生産者としての緑色植物,消費者としての動物,分解還元者としての細菌などが含まれ,これらが相互依存的に一個のまとまった生物単位を形成するとされる。群集間の明瞭な境界はつけがたいが,便宜的に地理・地形的な分断を目安として,海洋生物群集,湖沼生物群集のように用いる。また一部だけを目的に応じて摘出し,魚類群集などともいう。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
普及版 字通
「群集」の読み・字形・画数・意味
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世界大百科事典(旧版)内の群集の言及
【植生】より
…この場合の分類の単位は群系formationという。もう一つは種組成に基づく植生分類で,これは植生を調査して得た組成表をまとめ,その有無で植生を区分する特定の種(診断種)を抽出し,ブナ‐オオバクロモジ群集,ブナ‐アオトドマツ群集,オオバボダイジュ‐ミズナラ群集のように植生の単位を設けるやり方で,植物社会学(チューリヒ・モンペリエ学派)により行われている。この場合の基本単位は群集associationといい,群系に比べるとひじょうに細分されているが,ヨーロッパや日本を除いてはあまり行われておらず,現在のところ,世界的な植生の比較は群系による植生分類に基づいている(図)。…
【植物群落】より
…群落はcommunityの訳で,かつては共同体と訳された。現在,動物や動植物をあわせた生物の場合には群集という語が用いられているが,植物の場合は群落が慣用されている。 どういう種類の植物から群落が構成されているかを種組成という。…
【植物社会学】より
…とくに,一定の種組成をもつ単位性(不連続性)のある存在だと植物群落をみなし,標徴種や識別種という特定の種群の有無に基づいて群落を区分し,分類学のように決めた規約にしたがって群落の命名を行うところが,ZM学派の独自なところである。分類学における種にあたる基本単位は,ZM学派の群落分類では群集associationであり,それより上位には順に,群団,オーダー,クラスが,下位には亜群集,変群集などが単位として設けられている。【藤田 昇】。…
【生態学】より
…ヘッケルの視野にあったのは,生理現象が無機環境によってどう影響されるかという研究(彼はこれが生理学に入るとは考えなかった)と,C.ダーウィンが《種の起原》のとくに第3章で生存闘争を論じたときにまとめた博物学的研究の二つがおもな研究対象であり,彼はこの二つを〈関係〉ということばでうまくつなげて定義したのであった。
[群集概念の誕生]
19世紀後半から20世紀前半にかけてこの〈雑領域〉は大きく発展し,その間に,この領域に含められていた動物行動学や[動物社会学]が別の系譜を経て,ある意味では独立した。また,ヘッケルの視野になかった新しい研究分野も次々に生まれた。…
【生物群集】より
…そしてこれらの生物は互いに,食う食われるの関係を中心に,さまざまに影響を及ぼしあって生活している。こうした多様な生物の集りと,その間に存在している多様な関係をひっくるめて,一般に群集と呼ぶ。 人間についていう場合の群集という語は,ふつうただ単に集まっている人々を指し,密接な関係をもっているものには使わない傾向にある。…
【公衆】より
…なおフランス語の日常の用例では,publicは演劇,音楽,演説などのauditoire(聴衆)と同義のことが多い。publicをfoule(群集)と同義に用いた例も少なくない。[群集]【稲葉 三千男】。…
【大衆】より
…仏教用語では,多数の僧侶,多数の僧兵,すべての人間,すべての生物を意味している(読みは,だいしゅ,だいす,たいしゅう)。大衆の概念は,一方では〈人民people〉という概念と同一視され,他方では〈愚民foule〉というマイナス・シンボルと同一視される。マルクス主義において大衆とは,価値の創造者,歴史の主体的存在としてみなされ,社会主義革命の担い手となる労働者,農民を意味する。…
【社会】より
…
【語義】
複数の人びとが持続的に一つの共同空間に集まっている状態,またはその集まっている人びと自身,ないし彼らのあいだの結びつきを社会という。この定義では,街頭の群集や映画の観衆のような流動的・一時的な集りは排除されているが,人びとのあいだに相互行為があるとか役割関係があるとか共通文化があるとかいったような,社会学的によりたちいった限定についてはまだふれられていない。これらの点の考察はもう少しあとの段階で述べよう。…
【大衆】より
…したがって,大衆とは,歴史における創造的価値を実現する存在として認められながらも,現実には,受動的・非合理的な存在としてあるといわなければならない。 また,大衆の概念は,[群集]から[公衆]へ,さらに大衆へ,という連関でも考えられる。コミュニケーションの発展形態で分けると,会話や演説などのパーソナル・コミュニケーションで結ばれている集団が〈群集〉で,手動印刷機で印刷されたせいぜい数万部程度の新聞やパンフレット類の読者が〈公衆〉,そして現代のマスコミの受け手が〈大衆〉である。…
※「群集」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」