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犯罪学 ハンザイガク

世界大百科事典 第2版の解説

はんざいがく【犯罪学 criminology】

狭義の犯罪学は犯罪現象と犯罪原因とをおもな研究対象とする学問をいう。人間に関する経験科学の成果に基づいて,犯罪行動と犯罪人について総合的に研究する。広義では犯罪の防止と鎮圧のための諸方策を研究する刑事政策学をも含む。狭義の犯罪学は,犯罪生物学犯罪心理学,犯罪精神医学(後2者は広義の犯罪生物学に含まれる),犯罪社会学などに分かれる。また刑事学という用語も狭義または広義の犯罪学と同義に用いられる。
[犯罪の生物学的・心理学的要因]
 実証的な犯罪学研究は19世紀後半のヨーロッパに始まるといえるが,犯罪人類学の祖で《犯罪人論》(1876)を著したイタリアのロンブローゾは,犯罪人についての解剖学的調査結果や精神医学的知見に基づいて,犯罪人の中には一定の身体的・精神的特徴を具備した者がおり,このような者は必然的に犯罪におちいるものであるとし,これを隔世遺伝説によって説明する〈生来性犯罪人説〉を主張した。

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大辞林 第三版の解説

はんざいがく【犯罪学】

犯罪の原因・性質・種類などについて研究する学問。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

犯罪学
はんざいがく

刑事学」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

犯罪学
はんざいがく
criminology

犯罪にかかわる事項を科学的に研究する学問。狭義には犯罪現象および犯罪原因をおもな研究対象とし、いわゆる事実学として位置づけられる。人間に関する行動科学・経験科学の知見に基づいて、犯罪行動、犯罪者に対する現実的事象を考察する。犯罪学はさらに、それぞれの学問的関心に従って、犯罪生物学、犯罪心理学、犯罪精神医学、犯罪社会学などに分かれるが、今日では統合される傾向にある。他方、広義には、犯罪防止のための諸方策を研究する刑事政策も含む。英米など刑事政策概念を有しない国々では、このように犯罪学を広義に理解する傾向がみられる。しかし、わが国では一般的に、刑事政策と区別する趣旨から、狭義の犯罪学が理解されている。なお、犯罪学や刑事政策の概念のほかに、類似の概念として刑事学があり、これは犯罪学と刑事政策を含む概念であり、一部の学者がこれを用いているが、今日世界的に犯罪学が刑事学の概念を包含する傾向があり、また学問の混乱を回避する意味からもあまり用いられなくなった。いずれにせよ、犯罪学が総合科学として、最終的には犯罪の少ない快適な人間社会を目ざすことには変わりはない。[守山 正]

犯罪学の成立

科学的な犯罪学は19世紀中葉に生まれた。当時ドイツでは、18世紀からの論争、つまり人間の意思決定をめぐり、人間の意思は自由であるとする古典学派と、すでに決定されているとする近代学派の対立がみられ、刑罰のあり方が厳しく問われていた。また、当時ヨーロッパでは、自然科学の大きな進展をみており、とりわけダーウィニズムの強い影響がみられ、この成果を取り入れた手法が犯罪学にも現れていた。そのようななかで、意思決定論にたつ犯罪学が、イタリアの医学者ロンブローゾによって確立され、彼は今日でも「犯罪学の父」とよばれている。その著書『犯罪人論』(1876)のなかで、ロンブローゾは犯罪者の身体的特徴を調査した結果、一定の結論に達したと発表した。彼によると、犯罪者の身体には一定の特徴がみられ、それらの特徴は非犯罪者とは識別され、また犯罪者は人間の発展途上にある者で、身体的精神的退化現象を示す人間の隔世遺伝的な異常性を有するとした。そして犯罪者の多くは、生まれながらにして犯罪者であるとする生来的犯罪者説を打ち出した。この説は、当時のダーウィンの進化論やオーストリアの解剖学者ガルFranz Hoseph Gall(1758―1828)の骨相学の影響を受けており、当時としては画期的な結論とされた。彼の説はのちにイギリスのゴーリングCharles Goring(1870―1919)によって否定されるが、結論はともかくも、ロンブローゾの手法は、仮説をたて、それに基づいて統制群(犯罪者)と対照群(非犯罪者、兵士)とを比較調査し、その結果から結論を導き、さらに結論に対する検証を行うという実証的過程を踏んでおり、これがまさに科学的手法である点で、犯罪学の基礎を築いたとされるのである。イタリア実証学派とよばれる所以(ゆえん)でもある。イタリア実証学派には、ロンブローゾのほか、フェリーやガロファロがいた。同じ犯罪原因の探求といっても、近代以前では、天変地異説や魔女・魔神説、鬼神論などの原始宗教的、宗教的あるいは恣意的(しいてき)な非科学的分析がみられ、これらと一線を画した意味でも、ロンブローゾの研究は偉大であった。もっとも、現在ではその学説を肯定する者はみられない。また、ロンブローゾ以前にもベルギーの天文学者ケトレーやフランスの社会学者ゲリーAndr Michel Guerry(1802―66)らがフランスの統計を基に、犯罪のさまざまな社会的法則性を分析したが、もっぱら犯罪学に寄与することを目的とする研究とはいえなかった。しかし、これらの研究も当時の自然科学とりわけ天文学や数学の発展の影響を強く受けて、統計的数値を用いて犯罪現象を説明しようとした点では、科学的であったといってよい。
 その後、犯罪原因論は、犯罪者個人内部にその原因を求める素質説と犯罪者外部の社会的環境に原因を求める環境説とが対立し、論争が繰り広げられた。おもに素質説はヨーロッパ大陸を中心に、また環境説はアメリカで発展し、前者は人類学、生物学、心理学、精神医学と、後者は社会学と結合し、これらが総体としての犯罪学を確立するのは20世紀初頭のことである。[守山 正]

素質説

前述したロンブローゾの研究は、犯罪原因として犯罪者の身体的精神的特徴を強調するものであるから、いうまでもなく素質説に根ざす。このロンブローゾの説を否定したイギリスのゴーリングや、その説の復活を試みたアメリカのフートンも生物学的研究として、素質説に立つ。このような研究は、その後ドイツ、オーストリアの学者を中心に発展し、レンツAdolf Lenz(1868―1959)やエクスナーFranz Exner(1802―53)などの犯罪生物学が栄えた。また、クレッチマーは人間の体型を肥満型、細長型、闘争型に分けそれぞれの型が特定犯罪と強い親和性があると主張し、体質・体型と犯罪との関係を明らかにした。シェルドンWilliam Herbert Sheldon(1899―1977)にも同様の研究がある。さらに、ランゲJohannes Lange(1891―1938)は、犯罪原因論をめぐる素質か環境かの論争に対して双生児研究を導入し、著書『運命としての犯罪』(1929)で犯罪に対する遺伝の影響を示した。なぜなら、遺伝的に同じ双子の一方のみが犯罪を行ったとしたら、その後の環境の違いが犯罪原因と考えられるとされたからである。また精神医学的な研究ではシュナイダーKurt Schneider(1887―1967)がおり、精神病質と犯罪との関係を探求した。
 心理学・精神医学の領域では、フロイト、アイヒホルンAugust Aichhorn(1878―1949)、フリードランダーK. Friedlanderらが精神分析理論を用いて、精神障害と犯罪の関係を考察した。とくに、フロイトが幼少時の人間関係における原体験がその後のエゴやスーパー・エゴの発達に障害を起こしうることを発見した研究は著名である。これらの研究は、それ以降の犯罪心理学の発展を助けたが、アメリカではプラグマティズムの伝統から、単一の原因ではなく多元的な原因の存在を承認して、ヒーリーWilliam Healy(1869―?)の情動障害論、グリュック夫妻Sheldon Glueck(1896―?) and Eleanor Glueck(1898―1972)の非行少年研究などが続いた。
 素質説は今日では衰退しているとはいえ、依然研究が続行されており、アルコールと薬物の犯罪への影響、あるいはXYY症候群という性染色体の異常やホルモン分泌の異常と暴力犯との関係などが研究の対象とされている。しかし、こうした素質説の展開はややもすると犯罪者個人の異常性を強調することになり、犯罪者は通常の正常人であるとする現代の犯罪学的通説からはこれに対する批判も少なくない。[守山 正]

環境説

犯罪・非行の原因を犯罪者の外部に求める環境説は、社会学的見地から研究されてきた。19世紀前半には、前述のフランスやベルギーのケトレー、ゲリーの研究が犯罪と地理、季節、職業、戦争などの関係を探求したのは、当時フランスで発達していた統計や社会学理論の知見を利用したものであった。その後、イタリア実証学派に所属するフェリーが『犯罪社会学』(1884)を著して化学反応と同様に社会における「犯罪飽和の法則」を打ち出し、ロンブローゾの人類学的見地に社会学的見地を加味した。他方、フランスの環境学派に属するラカッサーニュA. Lacassagneや「模倣の法則」を主張したタルドらは犯罪が社会現象であることを科学的に示した。また、デュルケームはアノミー概念を創設して犯罪正常説を唱え、犯罪が社会の発展にはある程度必要であり、逆に犯罪のない社会は異常であるとした。
 犯罪の原因を社会的状況の関係で説明する環境説は、アメリカにおいて1930年代に飛躍的に発展した。とりわけ、シカゴ大学社会学部においてシカゴ学派とよばれる研究者集団の活動は目覚ましく、犯罪学が独立の研究領域として認知され始めるのもこのころである。ショーClifford R. Shaw(1895―1957)とマッケイHenry D. McKay(1899―1980)は非行少年が多く住む地区、すなわちスラム街のような社会解体地区を調査し、その地区には特有の非行文化があることを明らかにして犯罪と地理的状況の関係を示した。また、サザランドEdwin H. Sutherland(1883―1950)は分化的接触理論differential association theoryを打ち出し、非行少年はその生育環境のなかで犯罪文化に幼いころから接触し、それを学習して犯罪者になると説明した。しかし、同じ犯罪文化に接触してもかならずしも非行少年や犯罪者になるわけではないことから、グレイザーDaniel Glaserはこれを修正して、分化的期待理論differential anticipation theoryを打ち出し、同じ接触をしても、自分の行動を受け入れてくれると思われる実在ないし観念上の人物に同一化して、初めて犯罪行動に関与するとした。他方、フランスのデュルケームの影響を受けたR・K・ マートンは、アメリカ社会ではすべての者が富の獲得という同じ文化目標を有しているが、社会的機会の与えられていない下層階級の少年は、その目標を達成するために違法な手段を用いるとする社会構造理論を唱えた。この説を修正したのがコーエンAlbert Cohen(1918― )であり、彼はすべての者が同じ文化目標を有しているのではなく、犯罪者や非行少年の集団はアメリカの中産階級の価値・文化を否定し、逆に彼ら固有の副次文化を形成しているとする、非行副次文化論を主張した。このほかにも、アメリカが移民社会であるという特色に根ざして、さまざまな文化の衝突が犯罪原因であるとする文化葛藤(かっとう)理論などもみられた。しかし、このように、アメリカにおいて環境説にたって犯罪原因に関する説明理論が次々と打ち出される状況にあっても、犯罪学は社会学の下位部門であるとする認識が強く、犯罪学が社会学を離れて独立の地位を築くのは、1960年代以降のことである。[守山 正]

その他の見地

このような素質説や環境説とはまったく異なった視点から犯罪原因論を主張したのがラベリング論labelling theoryであった。すなわち、偶然逸脱行動に陥った者に対して、社会の側の反応として、その者に「逸脱者」「犯罪者」というラベルを貼(は)ることが、その後においてその者の犯罪や非行を促進する要因であるとする考え方である。なぜなら、そのようなラベルを貼られた者は、自分が「逸脱者」であることを受け入れる自己観念を生じさせ、逸脱者にふさわしい行動を繰り返すからである。とくに、警察をはじめとする法執行機関の扱いが逆にその後の犯罪原因となるという主張は、これまでの犯罪原因論のあり方に一石を投じたが、かならずしも理論的に精緻(せいち)ではなく、また対策論も提示されなかったため、その後衰退した。
 他方では、そもそも犯罪原因に関心を示さない理論が生まれ、なかでもハーシTravis Hirschiの統制理論は、人は多かれ少なかれ犯罪や非行を行う存在であり、多くの人がそのような行動をしないのは、両親や学校、地域社会からの統制が働いているからであるとした。すなわち、ハーシは「なぜ人は犯罪をするのか」ではなく、「なぜ人は犯罪をしないのか」を考察したのであった。同様に、フェルソンMarcus Felson(1947― )やクラークRonald Clarkeが唱える環境犯罪学も、人は犯罪に動機づけられた存在であり、すべての人が機会さえあれば犯罪を行うとして、その機会を統制することによって犯罪・非行を防止できるとした。[守山 正]

現在の犯罪学

犯罪学は依然学問的な体系化に至っておらず、また社会の大きな変動によってその対象も多様化する様相を示している。全般的な傾向からいえば、かつての犯罪原因論は衰退する傾向にあり、むしろ個別具体的な問題への応答、すなわち個別犯罪の分析の深化が望まれており、さまざまな分野を取り込んだ学際的研究成果を、対策論や制度論に反映させる総合科学の方向を目ざしているといわなければならない。[守山 正]
『岩井弘融・平野龍一・所一彦ほか編『日本の犯罪学』全8巻(1969~98・東京大学出版会) ▽ギュンター・カイザー著、山中敬一訳『犯罪学』(1987・成文堂) ▽藤本哲也著『犯罪学要論』(1988・勁草書房) ▽吉岡一男著『ラベリング論の諸相と犯罪学の課題』(1991・成文堂) ▽『近代犯罪学史料』全19巻(1994・ゆまに書房) ▽宮沢浩一・藤本哲也・加藤久雄編『犯罪学』(1995・青林書院) ▽菊田幸一著『犯罪学』(1998・成文堂) ▽瀬川晃著『犯罪学』(1998・成文堂) ▽守山正・西村春夫著『犯罪学への招待』(2001・日本評論社)』

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世界大百科事典内の犯罪学の言及

【刑事学】より

…広義の刑事学とは,犯罪現象ならびにそれに対する種々の方策に関する経験科学的ないし政策論的研究をいい,その研究対象としては,犯罪現象のほか,警察,検察,刑事裁判,行刑,更生保護などの各領域,さらには刑事立法,被害者対策,犯罪予防活動などが広く含まれる。犯罪学,刑事政策という用語をこのような広い意味に用いることもある。 広義の刑事学は,その研究方法・内容により,例えば犯罪原因論などの経験的な事実について研究を行う分野と,犯罪対策に関する政策論的研究を行う分野とに分けられる。…

※「犯罪学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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