デジタル大辞泉
「チャモロ」の意味・読み・例文・類語
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チャモロ
Chamorro, Violeta Barrios de
[生]1929.10.18. ニカラグア,リバス
[没]2025.6.14. コスタリカ,サンホセ
ビオレタ・バリオス・デ・チャモロ。ニカラグアの新聞発行者,政治家。大統領(在任 1990~97)。中央アメリカ初の女性大統領。
牧場を経営する裕福な家庭に生まれ,アメリカ合衆国のテキサス州やバージニア州で教育を受ける。父の死後,1950年にニカラグアに戻り,アナスタシオ・ソモサ・ガルシアの独裁政権に抵抗した反体制派新聞『ラ・プレンサ』La Prensaの編集長ペドロ・ホアキン・チャモロ・カルデナルと結婚。1957年,夫とともにコスタリカへの亡命を数年間余儀なくされ,恩赦により帰国した。1978年1月10日,夫が暗殺され,この事件がサンディニスタ民族解放戦線 FSLNによる革命の引き金となり,1979年7月のソモサ一族の打倒につながった。チャモロは 1979年から 1980年にかけて FSLNの軍事評議会のメンバーを務めたが,やがて FSLNのマルクス主義的政策に失望し,対立するようになった。夫から引き継いだ『ラ・プレンサ』は 1980年代に幾度も発行禁止処分を受け,また自身も親米右派民兵(コントラ Contra)を支援するアメリカの中央情報局 CIAから資金を受け取っていると非難された。ゲリラ戦争終結後の 1990年に行なわれた自由選挙で,14政党からなる国民野党連合 UNOの大統領候補となり,FSLN指導者ダニエル・オルテガを破って,4月25日に就任した。在任中は FSLNの政策の多くを覆す一方で,政府内にFSLNのメンバーを多く残すなど,党派の対立を避けて融和をはかった。1997年1月に任期満了を迎え,政界を引退した。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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チャモロ
ちゃもろ
Chamorros
太平洋、ミクロネシアのマリアナ諸島の先住民。1521年にマジェランがグアム島を発見してから数十年後の65年、スペインはマリアナ諸島の領土権を宣言した。当時、およそ10万人のチャモロ人が居住していたとされる。17世紀末、チャモロ人はグアム島へ強制疎開させられた。現在では混血により、純粋なチャモロ人は存在しない。スペイン統治初期からのキリスト教化が進み、固有の宗教や制度も失われてしまった。考古学的発掘や16~17世紀の文献によると、チャモロ人はラッテ・ストーンとよばれるサンゴ石灰岩や玄武岩製の石柱建造物を築いたとされる。マリアナに広く分布するラッテ・ストーンが、礎石か祭祀址(さいしし)か、あるいは埋葬の記念碑であったのかは謎(なぞ)とされている。ラッテ建造以前にも、人間が紀元前から居住していたことが、先史遺物であるマリアナ赤色土器、無文土器の存在から知られている。チャモロ人は米の栽培を行い、三角帆とアウトリガー付きのマタとよばれるカヌーを利用した。ラッテ期の遺跡の発掘から石蒸し料理、漁労、ベテルチューイング(アレカヤシの実にコショウ科植物の葉と石灰を混ぜたものをかむ習慣で、刺激性が強い)が行われた証拠がみつかっている。チャモロ語は西カロリンのパラオ語とともに、オーストロネシア語族の一分派を形成し、インドネシア、フィリピン諸語との類縁関係が認められている。
[秋道智彌]
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チャモロ[家]【チャモロ】
ニカラグアで多くの政治家・軍人を輩出した家系。同国に電信,鉄道を初めて導入し,教育を振興したP.D.チャモロ(在任1875年―1879年),1916年に米国に運河建設と海軍基地設置の権利を与えるブライアン・チャモロ条約を締結したE.チャモロ(在任1917年―1921年),その叔父D.M.チャモロ(在任1921年―1923年)などの大統領を生んでいる。1978年ソモサ政権の手で暗殺されたホアキン・チャモロは《プレンサ》紙の社主・編集長で,民主解放連合(UDEL)を率いてソモサ批判を展開していた。1990年の大統領選挙でサンディニスタに勝利したチャモロ女史は彼の未亡人。→ソモサ[家]/サンディニスタ運動
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チャモロ
Vieleta Barrios de Chāmorro
1920〜
南米ニカラグアの大統領(在任1990〜97)
1990年,国連の監視のもとで行われた大統領選挙で,野党連合党(UNO)の候補として,サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)のオルテガ大統領を破った。大統領就任後は,コントラ(反革命政府右派ゲリラ)を解体,サンディニスタ人民軍の半減などを行っている。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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