EBM 正しい治療がわかる本 「つわり・妊娠悪阻」の解説
つわり・妊娠悪阻
●おもな症状と経過
妊娠して5、6週目からおこる吐き気、嘔吐(おうと)、食欲不振などの消化器症状をつわりといいます。食べ物の好みが変わったり、気分の変化が激しくなったりもします。
一般的には日常生活に大きな支障をきたすことなく症状は自然に消失しますが、激しい嘔吐や極端な食欲不振をくり返して、体重が非常に減少したり必要な栄養が十分とれなくなったりすると、妊娠悪阻(おそ)と呼ばれる状態になります。この状態になると、水分や栄養が不足し、皮膚の乾燥、舌苔(ぜったい)、頻脈(ひんみゃく)がみられます。さらに悪化すると、発熱、肝機能障害による黄疸(おうだん)、腎(じん)障害による無尿、意識障害などをおこすこともあります。
●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
つわりの原因として、いろいろな仮説が提唱されています。たとえば、妊娠によって、ホルモンの分泌(ぶんぴつ)や自律神経系に影響がおこる、胎盤(たいばん)の絨毛細胞(じゅうもうさいぼう)(絨毛とは、母親の子宮内膜から栄養を吸収するための柔突起部)から吐き気をもよおさせる物質が生産される、母親になることへの責任感や分娩(ぶんべん)への不安、恐怖感などの精神的ストレスが関与している、などがおもな仮説です。
さらに、最近では、妊娠を維持する働きのあるホルモン(胎盤性刺激ホルモン)が甲状腺(こうじょうせん)(体の発育や新陳代謝に関係あるホルモンを分泌する器官)を刺激するため、胃腸の活動が沈静化しないという日本人の研究報告が国際的に認められました。
つわりに効果があるという、さまざまな薬物のほとんどは、医学的・科学的に検証されたものではありません。また、精神的なストレスが本当に症状を悪化させるのかといったテーマについては、信頼性の高い臨床研究を行うことは困難です。栄養状態に注意しながら、症状が強いときは産婦人科の医師に相談することをお勧めします。
●病気の特徴
妊婦全体の5~8割にみられるもので、50パーセントが妊娠14週までに90パーセントが妊娠22週までには改善します。
よく行われている治療とケアをEBMでチェック
[治療とケア]ショウガやビタミンB6をとるようにする
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] ショウガ粉末を1日1~1.5グラム摂取することにより、吐き気が改善することが、非常に信頼性の高い臨床研究により効果が確認されています。しかし、嘔吐の頻度は減りませんでした。
妊娠悪阻が軽度から中等度の妊婦にはビタミンB6(シアノコバラミン)10~25グラムを1日に3、4回摂取すると吐き気が改善するという、信頼性の高い臨床研究があります。ショウガと同様に嘔吐は減りませんでしたが、どちらも安全で副作用も少ないことから、薬の前にためしてみるとよいでしょう。(1)~(4)
[治療とケア]食事は1回の量を少なくし、回数を多くする
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 食事1回あたりの量を減らし回数を増やすとどのような利点があるのかについての質の高い臨床研究は行われていませんが、食事によって吐き気が誘発されることが多いため、少量を頻回食べることが勧められます。(5)
[治療とケア]電解質のバランスが著しく崩れ、脱水症状や肝機能障害が現れた場合は入院する
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 臨床研究によって、重症のときには入院して治療を受けることで症状が改善されるということが確認されています。とくに、脱水状態の場合には、乳酸リンゲル液に電解質やビタミン製剤を添加した輸液の効果を認めた報告があります。悪阻により、ビタミンB1が不足し、その結果ウェルニッケ脳症を発症することがあるため、ウェルニッケ脳症の予防に、点滴中にビタミンB1を添加すると効果があるとされています。(6)
また、悪阻による脱水で、深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう)のリスクがあがるため、間欠的(かんけつてき)圧迫治療と歩行、もしくは抗凝固療法(こうぎょうこりょうほう)が推奨されています。
[治療とケア]吐き気や嘔吐を改善する薬を使用する
[評価]☆☆
[評価のポイント] しょうがやビタミンB6を摂取したり、食事を少量頻回にしても吐き気や嘔吐が続く場合、制吐薬の使用が検討されることがあります。
よく使われている薬をEBMでチェック
吐き気や嘔吐を改善する薬
[薬名]プリンペラン(メトクロプラミド)
[評価]☆☆
[薬名]ゾフラン(オンダンセトロン塩酸塩水和物)(7)
[評価]☆☆
[薬名]カイトリル(グラニセトロン塩酸塩)
[評価]☆☆
[薬名]ドラマミン(ジメンヒドリナート)
[評価]☆☆
[評価のポイント] メトクロプラミドは有効性が立証されているわけではありませんが、日本では広く使われています。海外で広く使われている薬にプロメタジンがあり、臨床研究によって有効性が認められていますが、日本のガイドラインではまだ「妊婦へは投与しないことが望ましい」とされています。セロトニン拮抗薬のオンダンセトロン塩酸塩水和物、グラニセトロン塩酸塩はプロメタジン同様の効果があり、奇形率も増加しなかったとされています。ただし、ほかの薬剤と比較して高価であり、日本では保険適用はありません。
日本で手に入る抗ヒスタミン薬のうちジメンヒドリナートとヒドロキシジンは症状を軽減させ、胎児奇形も増加させなかったという報告があります。ジメンヒドリナートは「妊婦へは有益性投与(治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与)」となっていますが、ヒドロキシジンは「妊婦への投与禁忌」なので、日本ではあまり使われていません。(6)
脱水症状を改善する補液
[薬名]生理食塩液、ブドウ糖液、乳酸リンゲル液(8)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 臨床研究によって、脱水症状をおこしているときには、乳酸リンゲル液の輸液を行うと脱水が改善されると報告されています。
栄養状態を改善する輸液
[薬名]ビタミン製剤(3)(9)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 非常に信頼性の高い臨床研究によって、脱水状態のときには、乳酸リンゲル液に電解質やビタミン製剤を添加した輸液を行うと効果的であることが確認されています。とくに、ビタミンB6・B12はつわりをやわらげる効果があります。
つわりを改善する漢方薬
[薬名]小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)
[評価]☆☆
[薬名]五苓散(ごれいさん)
[評価]☆☆
[薬名]二陳湯(にちんとう)
[評価]☆☆
[薬名]半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
[評価]☆☆
[薬名]人参湯(にんじんとう)
[評価]☆☆
[評価のポイント] 漢方薬につわりを改善させる働きがあるかどうか、明確ではありませんが、専門家の意見や経験によって支持されています。
[薬名]ソル・メドロール(メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム)
[評価]☆☆
[評価のポイント] 北米では重症な場合に使用されますが、日本では保険適用がありません。口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)のリスクが高まるとのデータもあり、10週以降での使用が望ましいでしょう。(7)
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
あくまでも一時的な症状と理解する
つわりや妊娠悪阻に対して、必ず効果があるという治療法は現在のところ見あたりません。一時的な症状にすぎないと理解して、安心感をもって生活することが大切です。また、どのようなきっかけで食欲不振や吐き気がもよおされるのかを自分で確認して、できるだけそれらを避けるようにします。普通の食事ができないときには、食べたいときに食べたい物を食べるようにし、また水分やビタミン、ミネラルなどを摂取するように努めます。少量を回数多く食べたほうがよいでしょう。
症状がつらいときには、医療機関を受診する
嘔吐や食欲不振をくり返したりすることで、体重が減少したり必要な栄養が十分とれなくなったりする場合には、医療機関を受診して、輸液や内服薬での治療を受けるとよいでしょう。また、ビタミンB6・B12、抗ヒスタミン薬、フェノチアジン系薬剤が有効である可能性の高いことが、最近行われた研究結果のまとめで確認されています。また、鍼(はり)治療が吐き気を抑えることは信頼性の高い臨床研究で示されており、プラセボ(偽薬)と比較して有意差があるとされています。(10)
(1)Viljoen E, Visser J, Koen N, Musekiwa A. A systematic review and meta-analysis of the effect and safety of ginger in the treatment of pregnancy-associated nausea and vomiting. Nutr J. 2014;13:20. Epub 2014 Mar 19.
(2)Niebyl JR, Goodwin TM. Overview of nausea and vomiting of pregnancy with an emphasis on vitamins and ginger. Am J Obstet Gynecol. 2002;186(5 Suppl Understanding):S253.
(3)Koren G, Maltepe C. Pre-emptive therapy for severe nausea and vomiting of pregnancy and hyperemesis gravidarum. J Obstet Gynaecol. 2004;24(5):530.
(4)Niebyl JR, Goodwin TM. Overview of nausea and vomiting of pregnancy with an emphasis on vitamins and ginger. Am J Obstet Gynecol. 2002;186:S253.
(5)BISCHOFF, Stephan C.; RENZER, Cornelia. Nausea and nutrition. Autonomic Neuroscience, 2006, 129.1: 22-27.
(6)Authors not indicated. Nausea and vomiting of pregnancy. ACOG Practice Bulletin number 52, April 2004. Obstet Gynecol 2004; 103: 803-814.
(7)Niebyl JR: Clinical practice. Nausea and vomiting in pregnancy. N Engl J Med 2010; 363: 1544-1550.
(8)Power ML, Holzman GB, Schulkin J. A survey on the management of nausea and vomiting in pregnancy by obstetrician/gynecologists. Prim. Care Update Ob Gyns. 2001;8:69-72.
(9)Jewell D, Young G. Interventions for nausea and vomiting in early pregnancy. Cochrane Database Syst Rev. 2002;(1):CD000145.
(10)Matthews A, et al. Interventions for nausea and vomiting in early pregnancy. 8 Sep 2010(up-to-date: 20 Jun 2010)Cochrane Database Syst Rev 2003(;4)CD007575.
出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報