改訂新版 世界大百科事典 「ディド」の意味・わかりやすい解説
ディド
Ambroise Firmin Didot
生没年:1790-1876
フランスの学者,印刷出版者。18世紀初頭以来の由緒ある印刷出版者の家系に生まれる。幼時よりギリシア学者でステロ版(紙型版)印刷術の発明者として知られる父フィルマンの薫陶を受けてギリシア語を学ぶ。1816年トルコ駐在フランス大使に従ってギリシア,中近東,エジプトに旅行,遺跡の発見などをおこない,帰国後23年にはトルコの支配から独立しようとするギリシア支援の運動を起こし,ギリシアに最初の活字印刷機や図書を寄贈するなど活躍した。27年弟と共同で家業を継いでからは,シャンポリオンその他の学術書の印刷出版に力を注いだ。中でも特記すべきは,アンリ・エティエンヌの大著《ギリシア語真宝》を各国専門家多数の協力を得て増補改訂し,自らそのために鋳造した活字によって復刻したこと(1831-65,2折判9巻),同じく多数の学者を動員し,写本校合の上ラテン語訳を付けた《古代ギリシア作家叢書》を出版したこと,またデュ・カンジュ(1610-88)の《中世ラテン語辞典》(初版1678)の増補新版(1840-50,7巻)を出したことであろう。これら良心的出版がギリシアおよび中世文化の研究にもたらした貢献は計り知れない。なお彼には印刷術や木版画史や著作権問題,あるいはフランス語綴字法改革に関する重要な著書,中世フランス関係の論文多数,トゥキュディデスのフランス語訳など学者としての労作もある。
執筆者:二宮 敬
ディド
Dido
ギリシア・ローマ伝説で,カルタゴの創設者とされる女王。フェニキアのテュロスの王女として生まれ,巨万の富をもつ叔父シュカイオスと結婚したが,父王の死後,王位についた兄ピュグマリオンに夫を殺されたため,財宝を船に積んでリビアへ逃れた。この地で,1頭の牛皮で覆えるだけの地面の譲渡の約束をとりつけた彼女は,機転を働かせて皮を細く糸状に切り,これによって囲める限りの土地を入手,ここを拠点にカルタゴ(セム語で〈新しい町〉の意)を建設した。しかしそこへ,ギリシア軍に滅ぼされたトロイアの英雄アエネアスが漂着すると,女王は彼に恋し,二人は結ばれるが,ローマ建国の祖たるべき運命にあるアエネアスが,神命に従いイタリアめざして船出したとき,彼女は火葬壇に登って生命を絶ったという。この話はラテン詩人ウェルギリウスの叙事詩《アエネーイス》によってよく知られている。
執筆者:水谷 智洋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報