初期表現主義を代表するオーストリアの詩人。ザルツブルクの商家に生まれ,ウィーン大学で薬学を学ぶが,早くから詩人をめざす。はじめフランス象徴派,印象主義などの影響のもとに,世紀末風の耽美的作品を書いたが,ランボーや新時代の作品に触れて詩風は大きく変わる。1911年インスブルックの文芸誌《ブレンナー》の編集者フィッカーLudwig von Fickerに認められ,約3年間,同誌に集中的に作品を寄稿,独自の詩境を確立し,具眼の読者の注目を集めた。作品の基本的テーマは〈没落〉であるといってよく,背景としての歴史・風土的条件は無視できないが,作者がその滅びの苦しみのただ中に身を置き,厳しい孤独の内面から透明で硬質な響きを通し個と時代を超えた〈人間〉の嘆きと愛を歌いきった純粋さは,しばしばヘルダーリンと比較される。
麻薬の悪習にそまり,また,実妹マルガレーテとの宿命的な暗い愛に生涯苦しんだが,実生活を覆う憂愁が彼の作品の基調をなしながら,これに耐えて世界を見返す強く温かな視線をもはぐくんだ。第1次大戦には,衛生見習士官として東部戦線に出征,激戦中自殺を試み,さらに戦闘中精神錯乱を疑われてクラクフの軍病院に収容中,14年11月3日,コカインの過量服薬で自殺とおぼしい死を遂げた。生前に《詩集》(1913),没後に《夢の中のセバスティアン》(1915)等があるが,その真髄が発見され正当な評価を受けるのは,ようやく第2次大戦後のことである。
執筆者:瀧田 夏樹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
オーストリアの初期表現主義詩人。ザルツブルクの商家に生まれる。薬学を修めるが、早くから、フランス象徴主義、新印象主義などの影響下に詩人を志し、初め世紀末風の耽美(たんび)的な作品を書いた。ついでランボーや新しい文学の動きに触れて詩風を一変、1912年インスブルックの文芸誌『ブレンナー』の編集者L・v・フィッカーに認められ、同誌に集中的に作品を発表した。硬質な結晶に似たことばによる澄明な響きによって、孤絶した人間や風景を内面から刻み上げる独自の叙情を確立し、『詩集』(1913)をまとめた。
その作品の基底には、「没落」の感情が宿命的に色濃く流れており、歴史的、風土的背景を感じさせるが、その滅びの苦はしだいに内面化され、近代人の孤独と苦悩を先取りする比類ない詩表現を獲得してゆく。実妹マルガレーテとの暗い愛の関係、麻薬の常用、職業人としての不適応など、社会的には終始、疎外の重い条件を背負った生涯であった。第一次世界大戦には衛生見習士官として東部戦線に出征、激戦のさなか、精神錯乱を疑われて収容され、コカインの中毒による自殺とおぼしい死を遂げた。没後に出た第二詩集『夢の中のセバスチャン』(1914)や遺稿は、さらに深い詩人の魂の成熟を証している。
[瀧田夏樹]
『ホルムート、栗崎了、瀧田夏樹編・訳『対訳トラークル詩集』(1985・同学社)』▽『平井俊夫訳『トラークル詩集』(1967・筑摩書房)』
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