日本大百科全書(ニッポニカ) 「トラークル」の意味・わかりやすい解説
トラークル
とらーくる
Georg Trakl
(1887―1914)
オーストリアの初期表現主義詩人。ザルツブルクの商家に生まれる。薬学を修めるが、早くから、フランス象徴主義、新印象主義などの影響下に詩人を志し、初め世紀末風の耽美(たんび)的な作品を書いた。ついでランボーや新しい文学の動きに触れて詩風を一変、1912年インスブルックの文芸誌『ブレンナー』の編集者L・v・フィッカーに認められ、同誌に集中的に作品を発表した。硬質な結晶に似たことばによる澄明な響きによって、孤絶した人間や風景を内面から刻み上げる独自の叙情を確立し、『詩集』(1913)をまとめた。
その作品の基底には、「没落」の感情が宿命的に色濃く流れており、歴史的、風土的背景を感じさせるが、その滅びの苦はしだいに内面化され、近代人の孤独と苦悩を先取りする比類ない詩表現を獲得してゆく。実妹マルガレーテとの暗い愛の関係、麻薬の常用、職業人としての不適応など、社会的には終始、疎外の重い条件を背負った生涯であった。第一次世界大戦には衛生見習士官として東部戦線に出征、激戦のさなか、精神錯乱を疑われて収容され、コカインの中毒による自殺とおぼしい死を遂げた。没後に出た第二詩集『夢の中のセバスチャン』(1914)や遺稿は、さらに深い詩人の魂の成熟を証している。
[瀧田夏樹]
『ホルムート、栗崎了、瀧田夏樹編・訳『対訳トラークル詩集』(1985・同学社)』▽『平井俊夫訳『トラークル詩集』(1967・筑摩書房)』