トラ(読み)とら(英語表記)tiger

翻訳|tiger

日本大百科全書(ニッポニカ) 「トラ」の意味・わかりやすい解説

トラ
とら / 虎
tiger
[学] Panthera tigris

哺乳(ほにゅう)綱食肉目ネコ科の動物。アジア特産の猛獣で、ライオンと並ぶもっとも大形のネコ類である。

起源

トラの体には黒い横縞(よこじま)があってライオンとは明瞭(めいりょう)に区別できるが、頭骨や骨格は酷似し区別できないこともある。トラとライオンはごく近縁で、ヒョウ類からライオンへの進化経路の中間段階にトラがあると考えられている。トラとライオンの共通の祖先は、東アフリカの新生代下部更新世(100万年以上前)の大形化石ネコ類とみられており、それがアジアで進化してトラが出現したと思われる。数十万年前のトラの化石は北極海ノボシビルスク諸島や中国などから発見されている。そのためトラはアジア北部で発生し南下して、近年、東南アジアから西アジアまで分布を拡大したと推定されている。セイロン島に分布しないのはトラがわりあい最近になってからインドに侵入したためであり、熱帯産のトラでさえ暑さが苦手にみえるのも、北方起源のためと説明されている。けれども、ネコ亜科ではもっとも原始的なヤマネコの一つであるベンガルヤマネコが分布するインドネシアのバリ島にトラが生息するため、トラは従来の説よりずっと古くから東南アジアに広く分布していたとみる学者も少なくない。

[今泉忠明]

形態

体長1.4~2.8メートル、尾長60~95センチメートル、体重180~240キログラム。体の地色は淡黄褐色から赤褐色で、黒色ないし黒褐色の横縞がある。この縞はヒョウやジャガーの斑点(はんてん)とはまったく別のもののようにみえるが、ヒョウなどの斑点が横につながってできたものである。ライオンに比べトラは胴が長く足が短く、鼻や口先の幅が狭く、頭部を側面から見ると額から後方が低い。耳は幅が狭く、その背面は黒く中央に大きな白斑がある。雄にたてがみ下腹部の長毛がほとんどなく、二次性徴が明瞭でない。

[今泉忠明]

分布と分類

アムール地方、ウスリー地方、中国東北部、朝鮮半島、中国、インドシナ半島、スマトラ島、ジャワ島、バリ島、インド、イランなどに分布し、寒帯林や熱帯降雨林、荒れ地、やぶ、低木林や湿地の葦原(あしはら)などに生息する。体の大きさ、体色、毛の長さなどは地方によって異なり、9亜種前後(8~10)に分けられている。

(1)シベリアトラP. t. longipilis アムール地方に分布する最大の亜種で、体長2.8メートル、尾長95センチメートルほどである。全長4.2メートルに達するものもあるというが確かではない。夏毛はベンガルトラに似るが冬毛は非常に長く、体色は淡く、縞は幅が狭い。

(2)チョウセントラP. t. coreensis 朝鮮半島北部に分布する。全長2.9メートルほどで体は橙黄(とうこう)色、縞は幅が広く明瞭である。

(3)アモイトラP. t. amoyensis 揚子江(ようすこう)以南の中国に分布する。全長2.4メートルほどで赤みが強く、縞は普通、幅が広い。

(4)マレートラP. t. corbetti インドシナ半島に分布する。全長2.8メートルほどで、縞は密に並ぶ。

(5)スマトラトラP. t. sumatrae スマトラ島に分布する。全長2.4メートルほどで体は黄を帯びた赤茶色、縞は黒く数が多い。

(6)ジャワトラP. t. sondaica ジャワ島に分布する。全長2.3メートルほどでスマトラトラに似るが、頬(ほお)と耳の内側の毛が著しく長い。

(7)バリトラP. t. balica バリ島に分布したが、1937年以後生存は確認されていない。最小の亜種で、全長2.1メートルほどである。

(8)ベンガルトラP. t. tigris インドトラともいい、ネパールからインド、バングラデシュなどに分布する。全長2.9メートルほどで、体毛は短く橙茶色、縞は黒く数が少ない。

(9)カスピトラP. t. virgata ペルシアトラともいい、カスピ海南岸から中国西部に分布する。全長2.7メートルほどで、体は橙(だいだい)色がかって美しく、縞は暗褐色で細く、数が多い。

[今泉忠明]

生態

森林、葦原、岩地などに広くすむが、水辺の深い茂みを好む。普通、単独で生活し、食物の豊富な地方では約50平方キロメートル、少ない地方では3000平方キロメートルの縄張りをもつ。獲物はおもにシカ、レイヨウ、イノシシで、サルやヤマアラシ、クジャク、カメやトカゲ、魚、バッタなども食べ、ときにヒマラヤグマを倒し、ヒョウの獲物を横取りする。食物が不足すると家畜のウシやブタを襲うこともある。待ち伏せや忍び寄りで狩りを行い、頸(くび)の骨を折ったりのどをかんだりして大形獣を殺す。

 交尾期はさまざまであるが11月から3月が多く、雄どうしは雌をめぐって激しく戦い、ときには死に至る。妊娠期間は105~113日、1産2~4子で7子の記録もある。子の目は閉じているが、縞はあり、体重約1キログラムである。子の成長は速く、2週間後には目が開き、4~5週間で歩行を始め、8週間で離乳を始める。7か月目には自分で獲物を殺すことができるようになるが、2歳までは雌親と過ごし、その間に狩りの訓練を受ける。幼獣の死亡率は高く、普通は1腹の2頭以上が3~4歳の成熟まで生き残ることはない。寿命は飼育下で26年ほどである。

[今泉忠明]

人間生活との関係

トラの美しい毛皮を目的として、あるいは家畜や人間を襲うことへの報復として、古くから虎狩り(とらがり)が行われてきたが、スポーツとしての狩猟が盛んになってきわめて多数のトラが殺された。現在では、トラの獲物の草食獣が減少し、開発などですみかを追われ、ほとんどの亜種が絶滅の危機にさらされている。しかし、一方では人食いトラがまれに存在し、バングラデシュで30人以上を襲った例が知られる。老齢やけががもとで獲物をとれなくなったトラは人食いトラになりやすいといわれるが、開発によって獲物が減り、トラと人間のすみかが接近したことにも、人食いトラが出現する原因があるといえよう。

[今泉忠明]

トラと民俗

アジアの猛獣の王であるトラは、古くから恐怖と信仰の対象となり、毛皮として珍重される一方で、その殺傷は慎まれ、狩猟には多くの儀礼が必要とされた。信仰面でのトラは人々の宗教世界にしばしば登場する。たとえばスマトラ島民は、死人の魂がトラに宿ると信じて畏敬(いけい)し、マレー山地民の呪医(じゅい)の守護霊はトラの精霊とされる。ネパールではトラ祭りが行われ、ハノイでは祠(ほこら)にトラの像が祀(まつ)られる。朝鮮では山神の使いあるいは化身とされる。ビルマ(ミャンマー)のシャン人は白いトラを先祖として崇(あが)める。また体の各部が呪物として扱われることもあり、北インドと朝鮮では勇気づけにトラの肉を食べたともいわれる。

 トラと人間との交渉は、中国の「前門の虎(とら)、後門の狼(おおかみ)」「虎の威を借る狐(きつね)」や朝鮮のトラが登場する説話にもたどれる。無生息の日本でも古くから文献や絵画でその存在が知られ、竹に虎の図、昔話の虎狼などにその日本的適合がうかがわれる。

[髙谷紀夫]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「トラ」の意味・わかりやすい解説

トラ
Panthera tigris; tiger

食肉目ネコ科。ライオンと並んで現存する最大のネコ科の食肉獣。シベリアトラ P. t. longipilis,ベンガルトラ P. t. tigrisなど9亜種に分類される。黄褐色の地に黒い横縞の鮮かな体色はよく知られている。耳は丸く小さい。体長は雄 2.5~3m,雌 2.3~2.7mで,亜種により大きさが異なる。体重は 200kg内外で大きいものは 250kgをこえる。一般に夜行性で,昼は深い草の茂みなどにひそみ,夜間シカ,アンテロープ,ガウルなどの中・大型の動物を捕食する。殺した獲物の近くにひそみ,数日にわたってそれを食べる習性がある。ヒトを襲うこともあり,特にその味を覚え,老齢化してほかの野生動物を捕食できなくなったものは好んでヒトを襲うようになり,人食い虎として知られるものがある。生活圏は 10~600km2と報告されている。泳ぎはうまいが,木にはあまり登らない。妊娠期間は 105~112日間で,1産2~6子を産む。トルコ東部からシベリア南東部,マレー半島,インドネシアに分布。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報