改訂新版 世界大百科事典 「バルト神話」の意味・わかりやすい解説
バルト神話 (バルトしんわ)
インド・ヨーロッパ語族バルト語派の言語を話す民族であるラトビア人,リトアニア人,プロイセン人の神話を指す。バルト地域はヨーロッパに残された最後の異教徒の土地として知られ,12世紀末以来異教撲滅を旗印とするドイツ騎士修道会の侵攻の舞台となった。バルト諸語の文献が現れるのはキリスト教が普及し始める15~16世紀以後のことで,異教時代のバルト神話は完全には保存されていない。しかし13世紀以降ドイツ人修道会士らが伝える各種年代記,教会巡察記録等の古文献には,バルト人が崇拝した異教の神々,祭場,儀式などの,かなり豊富な資料が残されている。古文献以外の資料としては,18世紀以後採集されてきたラトビアおよびリトアニアのフォークロアがある。とくにラトビアの農民はキリスト教の影響を受けながらも異教的慣習を捨てず,神話的要素を含む膨大な数の歌謡を歌い伝えてきた。それに対しリトアニアでは,神話的歌謡は十指に満たない数しか採集されておらず,一説によれば,それらはラトビアからの転入ではなかったかともいわれている。ラトビアの歌謡は19世紀後半から20世紀初頭にかけてラトビアの民俗学者バロンスKrišjānis Barons(1835-1923)によって精力的に採集され,その数は基本歌謡数3万5789,変種18万に及び,《ラトビア歌謡集Latvju dainas》6巻(1894-1915)として結実,バルト神話の根本資料となっている。それらの歌謡のなかで神話的歌謡がどれほどを占めるかつまびらかではないが,たとえば〈月の神〉に関連する歌謡は約900に及ぶ。
バルトの神々は大別して天界の神々と地界の神々からなるが,前者は遠くインド・ヨーロッパ語系諸族の太古の神々にさかのぼるとされる。とはいえバルト人は典型的な農耕民族であり,彼らの神々はかつての遊牧民族の神々ではなく,神格の多くが生産・豊穣の機能を兼ね合わせていることを特徴とする。以下の神名はラトビア語を(ラ),リトアニア語を(リ),古プロイセン語を(プ)と略称する。
神々の分類
バルトの神々で首座を占めた神格は定めがたく,従来しばしば雷神ペルクーナスPerkūnas(リ)とされたが,近年の研究によればディエバスDievas(リ)(Dievs(ラ),Deiwas(プ))であるらしい。この神名は普通名詞としては単に〈神〉を示すが,元来は〈天空〉を意味し,歌謡では〈空の神〉としてあらわれている。インド・ヨーロッパ系諸言語の普通名詞デイウォス*deiwos(神)も窮極的に〈空の神〉なる神格であったことを示唆する重要な神名である。ディエバスは空の高みの山に宮を構え,農園をもち,馬を飼っている。崇高な容姿をもち,天上では銀のマントを着ているが,地上に降りるときは灰色の亜麻のマントをまとい,農民の畑にゆっくりと近づき,穀物の種をまいたり,穂をつけた穀物畑をゆるゆると触れながら歩き,農民に豊穣をもたらす。また人や生類の運命をつかさどり,女神ライマLaima(ラ)とともに人々の誕生時に,結婚や死をあらかじめ定める。
太陽の女神サウレSaule(ラ)は天界でディエバスの隣に宮をもっている。サウレは昼間は,倦(う)むことも汗をかくこともない,火を吐く馬に引かれた戦車に乗って,休みなく天の山を越えて旅をする。夕方になると海や川の岸辺で黄金の舟に乗り換える。サウレは陽光を恵む豊穣の最高神として敬われ,とくに白夜の夏至の日には盛大な〈ヨハネ祭〉が催される。ラトビアの若者たちは〈リーゴー,リーゴー(太陽が揺れる,回る)〉の反復句をもつ無数の太陽賛歌を夜を徹して歌って踊る。
男神としての月の神メーネスMēness(ラ)(メーヌオ(リ))は星座のガウンをまとい,灰色の馬に引かれた戦車で空を旅する。しばしば太陽神サウレの宮の門前で彼女の息女に求婚する。メーネスが暁の明星アウセクリスAuseklis(ラ)の許嫁(いいなずけ)であったサウレの息女を誘拐したため,サウレは怒ってメーネスを剣で割ってしまう。月の満ち欠けはそこから生じたといわれる。またメーネスは星々の神を引き連れた軍神で,戦場の人々の庇護者でもある。
雷神ペルクーナスは大気の支配者で,片手に斧を持ち,銅の髭(ひげ)を生やし,牡ヤギに引かれた二輪の戦車に乗って轟音をとどろかせながら空を駆けめぐる。正義の神で,悪霊や不正者をつけまわして,いかずちを打ち下ろす。彼はまた豊穣の神でもあり,雨を降らせ,春には冬の悪霊を追い払って大地を清める。カシの大木はペルクーナスの聖木であった。14~16世紀のプロイセン年代記には,ナドルバ地方のロモボRomovoと呼ばれる地にバルト人全体の中心的な祭場があり,ペルクーナスの偶像が他の偶像神の中央にまつられていたという。そこではカシの大木を背景にし,神々の前で,永遠に絶やされることのない聖なる火が祭司によって燃やされていた。
天界の神々のほかに無数の地界の神々が存在する。その代表は大地の母ゼメス・マーテZemes Mātė(ラ),ジェーミナŽėmyna(リ)で,生類いっさいの母である。タキトゥスの《ゲルマニア》にあらわれるアエスティイ族(バルト人)の〈神々の母神〉をゼメス・マーテとする説もある。この大地の母神からは分化された権能をもつ下位の女神,森,畑,木々など,もろもろの母神が生まれたとされる。そのほか運命の女神,死霊の女神などもバルト神話の世界に登場する。
研究史
バルト神話の研究はラトビアの歌謡の十分な研究を待って行われねばならず,困難な状態を呈していたが,近年ラトビア出身でスウェーデン在住の学者ビエザイスHaralds Biezais(1909- )によって過去の研究と膨大な歌謡テキストの批判研究がなされ,バルト神話学は新たな脚光を浴びるにいたっている。主著《古代ラトビアの天界の神々の家族》(1972)をはじめドイツ語による多数の著書は,バルト神話の世界樹なども扱い,印欧神話学に寄与するところが大きい。バルト神話の古記録の研究では,《ラトビアの太陽神話》(1875)の著者でもあるマンハルトWilhelm Mannhard(1831-80)の遺著《ラトビア・プロイセンの神話学》(1936)が基本書として今日も価値を失わない。なおビエザイスの研究を取り入れて,モスクワの言語学者イワーノフVyacheslav Vsevolodvich Ivanov(1929- ),トポローフVladimir Nikolaevich Toporov(1928- ),リトアニア出身でアメリカ在住の考古学者ギンブタスMarija Gimbutas(1921- )もバルト神話学に多くの寄与をしている。
後世への影響
バルト諸国には本来の意味の叙事詩は存在しないが,ラトビアの詩人プンプルスは叙事詩《勇士ラーチュプレーシス》(1888)にバルトの神々や魔女たちを登場させ,さらには夏至祭の太陽歌を取り込んで一大傑作を後世に残している。ラトビアの歌謡はバロンス以後も採集がつづけられ,今日まで100万という驚異的な数に達している。異教時代の神話世界の歌謡を一般庶民が今日まで歌い伝えている例は,ヨーロッパではほとんどみられない。
執筆者:村田 郁夫
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