イギリスの詩人、画家。イタリア亡命詩人の息子としてロンドンに生まれる。弟に評論家のウィリアム・マイケル・ロセッティ(1829―1919)、妹に詩人のクリスティーナ・ジョージナ・ロセッティがいる。ロイヤル・アカデミーに学び、そこで知り合ったホルマン・ハントやジョン・エバレット・ミレイらとともに1848年「ラファエル前派」を結成。『聖母の少女時代』や『聖告』など初期の傑作を残す。その後、ダンテやシェークスピアやアーサー王伝説などを主題とした、中世趣味にあふれたロマンチックな作品を制作し、バーン・ジョーンズなど後の世代の画家の中心的存在となる。彼はまた本の装丁や挿絵、ステンドグラスや家具のデザインなども幅広く手がけた。晩年はおもにW・モリス夫人などをモデルとした耽美(たんび)的な作品を描いた。代表作に『ベアタ・ベアトリクス』がある。
詩人としては、1850年から1851年にかけて刊行したラファエル前派の機関誌『ザ・ジャーム芽生え』に『在天の乙女(おとめ)』、6編のソネット、4編の叙情詩を発表したのが最初で、ダンテその他の詩人の翻訳『初期イタリア詩人』(1861)、『詩集』(1870)、『物語詩(バラッド)とソネット集』(1881)などがある。私生活では1850年ころエリザベス・シドルと会って恋に落ち、1860年に結婚したが、2年後に彼女は薬物で事故死(自殺?)した。その遺骸とともに埋葬した草稿を7年後に掘り出して発表したのが、上記の『詩集』である。晩年は孤独とゆううつにさいなまれて悲惨な生活を送り、ケント州バーチントン・オン・シーに没した。
[谷田博行]
『森亮訳『ロセッティ小曲』(1980・文華書院)』
イギリスの女流詩人。D・G・ロセッティの妹。10歳くらいから詩作にふけり、「ラファエル前派」の機関誌『芽生え』に「夢の国」その他の叙情詩を発表。その後『お化けの市(いち)』(1862)や『王子の旅』(1866)などの詩集で名声を博した。1872年には童謡集『うた』を発表。早くから「オックスフォード運動」に共鳴した母の影響を受けており、後期には多くの信仰詩を書いた。
[戸田 基]
イギリスの画家,詩人。ナポリから政治亡命した詩人を父に,ロンドンで生まれる。1845年,ローヤル・アカデミー・スクールに入学。ここで知りあったJ.E.ミレーやW.H.ハントらとともに,48年,芸術革新を唱える〈ラファエル前派〉を結成。その機関誌《ジャームThe Germ》に,詩や散文を発表し,詩人としての活動もはじめた。グループは数年後に離散するが,ラファエル前派の影響を受けて育った,後の世代の中心的人物になる。絵画の技量はとくに優れたものではないが,聖書主題あるいはダンテやシェークスピアからとった中世風のロマン的主題を,妻エリザベスや晩年にはW.モリス夫人ジェーンをモデルに耽美的に描いた。妻(1862没)の遺体とともに埋葬した詩稿を69年発掘し,翌年《詩集》を刊行。《詩集》の〈天国の乙女〉は地上の恋人と死んだ女の霊的交流をえがき,《バラッドとソネット》(1881)には〈白い船〉〈王の悲劇〉のほかに,名高い連作ソネット集〈生命の家The House of Life〉の大部分を収めた。そこには,絵画における理想の女性像である妻およびジェーンとの愛の葛藤に悩み精神的救済をもとめる詩人の姿が浮彫になっている。〈おれの生涯の空白の日々--いまいずこにある〉と嘆くくだりは印象的である。晩年,精神的・肉体的障害に苦しみ麻酔剤クロラールの中毒にかかり,多彩な生涯をとじた。日本では蒲原有明《独絃哀歌》(1903)や上田敏《海潮音》(1905)にロセッティのソネット数編が訳され,有明の恋のよろこびと恐れを観念的・象徴的にうたう詩風には〈生命の家〉の影響がみられる。
執筆者:湊 典子+松浦 暢
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