パリージ(読み)ぱりーじ(英語表記)Giorgio Parisi

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パリージ」の意味・わかりやすい解説

パリージ
ぱりーじ
Giorgio Parisi
(1948― )

イタリアの理論物理学者。ローマ生まれ。1970年ローマ・ラ・サピエンツァ大学で学位物理学)取得。1971年から1981年にかけてローマ郊外の国立フラスカーティ国立研究所研究員。1971年から1973年イタリア学術会議(CNRフェロー。1973年から1981年イタリア国立核物理研究所(INFN)フェロー。その間、アメリカのコロンビア大学、フランスの高等科学研究所(IHES)の客員研究員、パリ高等師範学校の客員教授などを務めた。1981年にローマ・トルベルガータ校の理論物理学教授、1992年から母校ローマ・ラ・サピエンツァ大学の量子理論の教授。1992年からイタリアの科学アカデミー「アカデミア・デイ・リンチェイ(リンセイアカデミー)」の会員、2018年同会長。1993年フランス科学アカデミーの会員、2003年アメリカ科学アカデミーの外国人会員。

 パリージは1980年ごろ不規則な変化(ランダム現象)が相互作用する複雑な系のなかでみられる数学的な規則性(秩序)をみいだし、複雑系理論に多大な影響を与えた。とくに乱雑なスピングラスという現象がなぜ発生するのかを理論的に証明した。

 磁石に使われる強磁性物質では、個々原子が小さな磁石(スピン)としてふるまい、スピンが同じ方向を向こうと相互作用するが、温度が高くなると、熱ゆらぎ(熱エネルギー)によって相互作用が弱まり、バラバラの運動になる。しかしふたたび冷やすとスピンの相互作用で同じ方向を向くようになる。

 しかし、非磁性金属に磁性物質を混ぜて温度を下げていくと異なる現象が発生する。たとえば銅原子の中に鉄を入れた合金の場合、鉄原子のスピン同士は不安定となって、互いの距離によって複雑に変化する。隣の鉄原子のスピンが違う方向に向いていると、どちらの方向に向くべきかわからなくなるスピンが出てきて安定せずに、居心地のよい状態ではなくなる。こうした状態を「フラストレーション」とよぶが、この状態で、さらに温度を低くしていくと、鉄原子のスピンはどこかで固定され、乱雑なまま凍結される。この状態の磁性体が「スピングラス」である。この現象がなぜ起こるのかを理論的に解明しようと、スピンの間に同じ相互作用が働くと仮想した「レプリカ」(複製)を置いて計算したが、従来の理論ではうまくいかなかった。そこで、パリージは、ここに「レプリカはすべて同等である」という従来の理論を転換し、「レプリカ間の対称性の破れ」という概念を導入した。これによってスピングラスは安定ではないが、その状態にとどまって、それ以上動かない状態ができること、さらに温度を下げていったときの凍結のパターンは無数に存在し、その現れ方には一定の法則性があって、初期条件などによって決まることなどを数学的に証明することが可能になった。

 無秩序なシステムを扱う複雑な物理系で、各要素にフラストレーションが生じて、どう変化していくか簡単に予測できないことが多いなか、パリージの編み出した数学的な手法は、物理学だけでなく、数学、生物学、神経科学、機械学習の分野の発展に大きく寄与した。

 1992年ボルツマン賞、1993年イタルガス賞。1999年ディラック・メダル、2003年エンリコ・フェルミ賞、2005年ハイネマン賞数理物理学部門、2006年ガリレオ賞、2011年マックス・プランク・メダル、2015年高エネルギー・素粒子物理学賞、2016年ラルス・オンサーガー賞、2021年ウルフ賞物理学部門、クラリベイト・アナリティックス引用栄誉賞を受賞。2021年「原子から惑星までの物理システムにおける無秩序とゆらぎの相互作用の発見」の業績でノーベル物理学賞を受賞した。同じ気候変動という複雑系において、「気候変動モデルの構築と信頼できる温暖化予測」で貢献し、今日の地球温暖化問題論議の根拠となる研究を進めたプリンストン大学大気海洋科学プログラム上級研究員の真鍋叔郎(まなべしゅくろう)、ドイツのマックス・プランク気象学研究所の名誉教授クラウス・ハッセルマンとの同時受賞であった。

[玉村 治 2022年2月18日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「パリージ」の意味・わかりやすい解説

パリージ
Parisi, Giorgio

[生]1948.8.4. ローマ
ジョルジョ・パリージ。イタリアの物理学者。スピングラスのふるまいが複雑系の研究に広く応用できることを証明し,2021年真鍋淑郎,ドイツのクラウス・ハッセルマンとともにノーベル物理学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
1970年,ローマ大学で物理学の学位を取得。1971~81年,フラスカティ国立研究所の研究員を務め,1981年ローマ大学教授に就任。1970年代後半,素粒子物理学の理論研究の成果として,非磁性金属に微量の磁性原子を加えたスピングラスと呼ばれる状態の物質に興味をもった。当時,スピングラスの一見無秩序な構造を特定するのは非常に困難だったが,パリージは物理系のシステムを多数複製して平均化する「レプリカ・トリック」と呼ばれる手法をスピングラスに適用した。物理学的結果は得られなかったものの,その後スピングラスには無数の物理状態が混在すると気づき,二つのレプリカがどの程度類似しているかを記述する新たなパラメータを追加し,レプリカ・トリックを修正した。これによって,一見無秩序なスピングラスに,未知の秩序状態があることを見出した。パリージの数学的手法は,有名な「巡回セールスマン問題」をはじめとするグラフ理論や粉粒体の物理的性質に関する問題など,多くの分野に応用できることが知られている。著書に『場の理論:統計論的アプローチ』Statistical Field Theory(1988)など。

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