素粒子の性質やその構造,素粒子間の相互作用などを研究する学問。高いエネルギー領域での研究であることから高エネルギー物理学ともいい,またとくに素粒子物理学の理論部分を素粒子論と呼ぶこともある。
素粒子物理学といってもその内容は時とともに変遷してきた。それは素粒子自身の内容が変わってきたことと軌を一にする。しかし,いずれの時代でももっとも究極的な,あるいは基本的な物質的存在を科学的に研究する学問が存在し続けてきたわけであり,ほぼ1950年代以降そのような物理学の一分野を素粒子物理学と呼ぶようになったと思われる。それは原子物理学や原子核物理学に引き続いて成立してきた学問であり,原子核を構成している陽子,中性子,さらにまた電子などの粒子がこれ以上分けられないのではないかという予想もあって素粒子と名付けられたものであろう。しかしながら,今日では陽子,中性子などのいわゆるハドロン属の粒子はさらに基本的な粒子であるクォークからできていると考えられている。したがって今日,素粒子物理学といえば,クォーク,レプトンおよびそれらに結合するゲージ粒子を対象とする学問といえるかもしれないが,クォークは単独で存在し得ないという事情もあって,素粒子物理学の対象はきわめて複雑で多様である。そこで,ここでは歴史的な発展を簡単にたどることでその内容の一端にふれることを試みよう。
いわゆる素粒子物理学は1932年のJ.チャドウィックによる中性子の発見や,35年の湯川秀樹による中間子の存在予言,それに続く宇宙線中での中間子の発見などを契機として出発した。原子核を構成する陽子や中性子,その間の力(核力)を媒介する中間子,さらにこれらのまわりを回って原子を構成する電子および電磁力を媒介する光が素粒子のすべてで,これらは不可分のものであろうと思われた。理論的には電子の異常磁気モーメントやラム・シフトの説明に完全な成功を収めた量子電磁力学の発展があり,中間子を媒介とする強い相互作用もそれに類似の理論で記述されるのではないかという期待があった。しかし,実際の事態はそれほど単純ではなかった。強い相互作用ではその強さが電磁力に比べてきわめて大きいために,いわゆる摂動論の方法が使えず,場の理論は行詰りを見せた。またβ崩壊を記述する弱い相互作用に関するフェルミの理論にしても摂動の最低次以上の計算はできず,電磁相互作用のときに使えたくりこみの方法はここでは無力であることが判明した。50年代になると弱い相互作用が空間反転を破っていること,すなわちパリティが保存されないことが明らかとなり,それまでの時空の対称性に関する独断に一撃を与えた。
1950年代後半には宇宙線中でK中間子やΛ粒子など,原子の中には存在しないさまざまな素粒子が続々と発見され,素粒子の世界は単純ではないことが判明した。またπ中間子,核子系での共鳴状態の発見は,場の理論の適用をますます困難にするとともに,さらに多くの共鳴状態の存在を予想させた。このような共鳴状態を人工的に作り出すことは,例えばサイクロトロンのような加速器によって初めて可能となった。60年代以降,素粒子物理学はほとんどの場合,宇宙線に頼ることをやめ,高エネルギーの加速器技術およびそれに伴う粒子測定技術の進歩とともに発展してきた。60年代初めにはカリフォルニア大学のバークリー校のシンクロサイクロトロン(6.2GeV)や,ブルックヘブン国立研究所のシンクロサイクロトロン(33GeV)によって,それまで宇宙線中でのみ発見されていたK中間子やΛ粒子,Σ粒子,Ξ粒子,さらにそれらの励起状態が続々と発見された。
このような新粒子の発見は素粒子の分類に関する研究を促し,いろいろな素粒子模型が提案されたが,群SU(3)のいろいろな表現を用いて分類する方法がもっともうまくいくことがわかった。しかも,その表現としては一次元,八次元および十次元だけが現れることも判明した。このことはより基本的な粒子としてのクォークの存在(群SU(3)の基本表現である三次元に属する)を示唆した。しかし,クォークをより基本的な粒子として素粒子物理学を構成することは70年代後半に至るまで待たねばならなかった。
1960年代前半には場の理論に対する信頼がきわめて薄れ,S行列理論のように,確率保存や因果律に基づく散乱振幅の解析性といったきわめて一般的な原理だけで現象を記述しようとする試みが盛んになされた。しかし,60年代後半に入るとカレント代数の方法が考案され,従来の場の理論は必ずしも無力ではないことが明らかとなった。実験的にもブルックヘブンやバークリーを中心としてハドロンの励起状態やその散乱振幅に関する大量のデータが蓄積され,S行列理論の一つの発展としてデュアル・レゾナンス・モデルのようなものが成立した。そして,その解釈として南部陽一郎らによって考えられたデュアル・ストリング・モデルは,ハドロンの構造に関してきわめて重要な暗示を含んでいた。つまりハドロンの中には何かひものような構造があるということである。
弱い相互作用の分野でもCP不変性(空間および粒子-反粒子の反転を同時に行う変換に対しては弱い相互作用が不変であること)の破れが発見されたり,νe,νμの2種類の中性微子が発見されたりしてしだいにその構造が明らかにされてきたが,中性カレントの発見に至ってついに電磁相互作用と弱い相互作用の統一を目ざすワインバーグ=サラムの理論が本格的にとり上げられることとなった。これに関しては74年のチャーム粒子の発見が非常に大きな役割を果たしている。つまりフレーバーを変えるような中性カレントの出現を妨げるGIM機構の正当性がこの発見で証拠だてられたのである。チャーム粒子の発見に関しては衝突型加速器の発明が非常に重要な貢献を果たした。従来は,円形,または線形の加速器からビームをとり出してそれをターゲットに当て,その際に起こる現象を調べていたのであるが,衝突型加速器では,例えば電子,陽電子を一つの加速管の中で逆方向に回し,何ヵ所かでそれらを衝突させるしくみであって,このようにしてきわめて高いエネルギーが得られるのである。
弱い相互作用に関する理解が深まる一方,強い相互作用に関しても,ある意味ではその成立がデュアル・ストリング・モデルやカレント代数とは無縁ではない非アーベル群に基づくゲージ理論の確かさがしだいに明らかにされていった。初めは短距離での漸近自由性に基づく摂動論が,例えば電子-陽子散乱や中性微子-陽子散乱でテストされた。最近では長距離でのふるまいが,空間を格子状に分割し,計算機を最大限に駆使してモンテカルロ計算を行うことによって明らかにされつつある。また,弱い相互作用,強い相互作用,電磁相互作用の三つの相互作用を統一する,いわゆる大統一理論も重要な研究対象になっている。1970年代後半からは素粒子物理学はそれまでとはきわめて異なる局面を迎えているといえるのである。
→素粒子
執筆者:菅原 寛孝
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(尾関章 朝日新聞記者 / 2007年)
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